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月刊メディカルサロン「診断」

コロナ禍で見えてきた医療改革の急所掲載日2021年10月31日
月刊メディカルサロン11月号

思い起こしてみると・・・

新型コロナウイルス(COVID-19)の先行きが見えてきました。未来像は、
「子供のうちに、このウイルスに初感染してコアな抗体を獲得する。その後、大人になって変異したコロナウイルスに繰り返し感染しても、コアな抗体があるので、風邪のような症状でとどまることになる」
というものです。コアな抗体を持っていても、まれに重症化して、肺炎を発症し、重症化することはあるかもしれず、また、子供時代の初感染で重症化する子供がいるかもしれませんが、きわめて少数です。
思い起こしてみると、インフルエンザウイルスと同じです。約100年前にスペイン風邪として世界中に流行し、5000万人以上が死亡しましたが、その後は「ただのインフルエンザウイルス」になりました。子供時代に初感染を終え、以後は変異により流行が見られ、まれに重症化する人がいますが、基本的には、発熱や筋肉痛などの症状にとどまる、というのと同じです。医療社会はいい経験をし、学問的に一歩進歩したことと思います。
ということは、子供に対して、コロナのワクチン接種が必要かどうかに疑問が生じます。子供は自然的にコロナウイルスに感染するのを待つのがいいかもしれません。テレビ番組では、「子供でも重症化した人がいた」「死亡例があった」とやたらと喧伝しますが、なにせテレビ局の最大のスポンサーが製薬会社ですので、テレビ局は、製薬会社の機嫌を損ねる情報発信をしません。視聴者側は、注意力を高めて見聞きするべきだと思います。

医療崩壊2系統

さて、このコロナ禍の中で、医療社会の内部から「医療崩壊」が叫ばれましたが、その意味合いが2系統ありました。
一つは、コロナ患者が来院すると従来の患者が来院しにくくなり、売り上げが低下し、経営上の危機となるという「医療崩壊」です。個人オーナーが君臨する医師会系病院が発信源で、コロナ治療から逃げる姿勢を見せていたのが特徴です。
もう一つは、コロナ治療に時間と労力と場所と人員を割かれ、救急治療や手術を含む従来患者の治療を遂行できなくなるという「医療崩壊」です。公立系、団体系の病院が多く、コロナ治療と戦う姿勢を見せていたのが特徴です。
もちろん、公立系の病院でも、コロナ治療から逃げ回ろうとした病院はありますし、医師会系病院でも、社会的使命としてコロナと戦い続けた病院もあります。
ここで注目したいのは、「医療崩壊」を声高に叫んだのが、医療社会内部の医師達だったということです。政府の専門家会議や、医師会の会長が中心となって述べていました。これは大きな失策です。
医師側は、「国民の皆さん、コロナという恐ろしいウイルスが蔓延しつつありますが、我々医師は、国民の皆さんのために、寝食を削って24時間体制で頑張り続けるつもりです。国民の皆さんが、思う存分の楽しい生活を営めるように、徹底的に後方支援活動をするのが我々医師の任務であり、生きがいです。日常の生活で必要以上のストレスをためないようにしてください」と宣言しなければいけません。その上で、政治家やお役人に、「医師の皆さんは、こんなに頑張ってくれています。しかし、努力にも限界があり、このままでは医療崩壊をきたすかもしれません。そこで我々としては・・・」と言わしめなければいけないのです。

医療費の増大は容認すべき

厚労省は、「医療費の削減」を医療政策の最注力課題としていますが、それが正しかったのかも総括しなければいけません。
高齢者が増え、身体の衰えによる病的状態の患者が増えています。社会が複雑化して、心を病んで、その結果として体に病的症状を抱える患者も増えています。医療というものの必要性が、衣食住以上のウエイトで高まっているのです。つまり、自動的に患者が増えていきます。しかも技術革新が続く医療社会です。総医療費の増大を抑え込もうと考えるのは、大きな錯誤かもしれません。
その錯誤のために、医療社会は厚労省施策に本能的な恨みを抱き、厚労省と医療社会との関係はぎくしゃくしてしまい、コロナ禍においては、厚労省の考えに対して、医師会を中心とする医師群は意地悪的に対応し、国全体としての最大効率性を発揮できませんした。長年の医療政策の結果として解決の糸口をつかんだのではなく、「厚労省を無視して、自衛隊医官を活用する」という菅総理(当時)の奇跡的方策で事態を打開できたにすぎません。
医療費の増大は、容認しなければいけません。その上で、医療社会の内部に変革を起こさせるのです。その方策を以下に述べてみます。

医療社会を2分化する

「医療崩壊」を叫んだ理由を基に、医療社会を2分するのです。あらゆる医療サービスを「ルーチン系」と「アクティブ系」に分類します。
ルーチン系とは、日常的なありきたりの病気に対する医療サービスで、その治療体系はほぼマニュアル化されています。
アクティブ系とは、コロナと戦うことを宣言した医療機関にみられるような、緊急対応、難病治療、技術革新医療など、成長産業として位置付けられる医療サービスです。
ルーチン系の医療機関には、変化を望まない医師や新たな面倒の出現を望まない医師が集まります。アクティブ系には苦労や困難をものともせず、苦労そのものを生きがいにする気鋭の医師が集まります。
世間一般の人たちにとっては、ルーチン系医療がなじみが深く、通院しているほとんどの患者はルーチン系医療を受療している患者です。緊急対応や難病治療、進歩を目指してチャレンジ中の医療、つまりアクティブ系医療は、一般の人にはなじみはないですが、緊急時や特定の患者には大切な存在です。また、世界に冠たる日本医療を築くために、進歩し、成長し続けなければいけない医療でもあります。

医療社会に変革を!

医療社会全体には両者が混在していますが、これを同じ国民皆保険制度の下に置いていることが、問題発生の端緒となっています。
ルーチン系医療に対しては、国全体で総額30兆円、40兆円などの固定年額を定めるのです。提供された医療サービスの量は保険点数の総点数でわかりますので、1点あたり現行の10円で固定する概念を捨てて、40兆円を保険点数で割った金額に定めます。すると、1点7円の年度もあるし、1点12円の年度も出てくると思います。国としての総額は変わりません。
一年の総額を定めてしまえば、医師の内部で提供サービスの調整が行われます。「眼科は儲けすぎているから、点数を減らす」や「小児科は大変だから、点数を増やす」などを厚労省が定めるのではなく、医師の各団体の代表者達で定めさせるのです。どのように定めても年間総額は決まっているのですから、政府の立場では「ご自由にどうぞ」で良いことになり、自浄作用も強く働きます。厚労省が懸念する過剰診療は医師どうしで抑え合うことになります。薬剤費は激減することでしょう。
アクティブ系医療に関しては、成長産業と位置付け、健康保険とは別枠の予算を組みます。そして、アジア一帯の患者が集まってくる日本の医療に育て上げます。

医療サービスは、竹を割ったように二つに分けられるものではありませんが、アクティブ系とルーチン系の両者に分化させ、国民皆保険の制度をそれに応じて進歩させることを念頭に置いて、医療社会の未来像を描き、その実現に向かっていくのがいいように思います。
もちろん、その実現にあたっては数々の調整問題を乗り越えなければいけませんが。

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