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月刊メディカルサロン「診断」

「食べること」と「ダイエット」「体重管理」の価値観の変遷(前編)掲載日2022年4月1日
月刊メディカルサロン4月号

「体重を落とすためには、食べる量を減らさなければいけません」
という当たり前の文句があります。
医師が患者に指導する時も、一般の人々の会話でも当たり前のようになっています。その会話が当たり前になっていることに、私はとても感慨深い思いを抱きます。

今から22年前、平成12年に私が執筆した書籍に『お医者さんが考えた朝だけダイエット』(三笠書房)があります。この書籍は、初版2万5千部が世に出た瞬間、売れに売れて2万部の重版を繰り返し、ついに32刷りに到達して60万部を超えるセラーになりました。あの頃、どの書店に行ってもレジ周辺に大量に積み上げられていました。紀伊国屋では、五十面平積みです。
自分の書籍が売れていることが嬉しくて、書店を見かければ立ち寄って本の配置状況をチェックしたものです。名古屋駅前の書店に10冊の平積みを確認し、そこから飛騨高山に行き一泊して戻った時に確認すると残りが2冊になっていて、「減っている」と感動した思い出が懐かしいです。新宿の紀伊国屋では、16週連続で売れ行き1位になりました。

お医者さんが考えた朝だけダイエット

書籍の内容は、「朝食を抜いたら痩せますよ」というごくシンプルなものです。「痩せるためには食べる量を減らさなければいけない」という常識的な話を、「朝食を抜く」というシンボル的に扱って述べていくストーリー展開です。
先日、私のクリニックに来訪したある30歳代の人が、この書籍をパラパラと見ていました。そして、30刷りを超えていることを確認し、私に語りかけました。
「この書籍がとんでもなく売れたであろうことはこの数字を見ればわかります。文庫本サイズなので各刷りも1万部以上でしょう。こんなに売れたということは、社会の価値観に大きな変革をもたらした本なのですね」
私は心の中で、「ほう、慧眼の士はいるものだなあ」と感心しました。たいていの人は、「こんな本が売れたのですね」と軽く言うだけです。医師たちは妬み心を織り交ぜて、「当たり前のことを書いているだけじゃないか」と吐き捨てます。
実はこの「朝だけダイエット」が売れたことは、平成12年までの社会背景がどういうものであったかを物語っているのです。
今回はその辺を語ってみましょう。

“食べないことは悪”という時代

「アスピリンの衝撃」に端を発して、「病気でない人に積極的な予防医療を展開することにより、病気にならずピンピン元気なまま長生きさせてあげる医療があるはずだ。その医療を研究して学問化する」という途方もない志を立てたのが、平成4年7月でした。そこから紆余曲折を経て、同年11月にクリニックを開設することになったのですが、半年ほど経過した時に現れたのが、身長170cm、体重106kgを誇るOさんでした。お腹の出方はすさまじいものがありました。
この体型のまま、ピンピン元気で長生きできる未来は想像できません。健康管理の一環として、体重管理が大切なのはいうまでもありません。当然、体重を落としてもらわなければいけません。
消費エネルギーや摂取エネルギーの話を理解はしてくれますが、本人の本能の中に入り込みません。それもそのはずで、戦後以来食べ物が不足していた時代が長く、その間の国家的課題は国民に栄養をつけさせることであり、その直撃的影響を受けているのです。
「栄養をしっかりと取らなければ健康に悪い」
「三食しっかりと食べる」
「一粒残さず食べる」
などの教育が行き届いており、それが本能の中に定着しているのです。
栄養をつけるために、牛乳と玉子が重視され、その二つが国民に行き渡るようにすることが国家政策になったほどの時代でした。
「食べる量を減らさなければいけません」と話すと、「それは健康に悪いはずだ」と返ってきます。
一緒に食事をして、ものすごくたくさん食べた後に、
「ほら、そんなに食べてませんでしょ」と語りかけてきます。そして、必ず出てくるのが次の一言でした。
「体重を落とさなければいけないのはわかっている。何を食べたら痩せるのですか」
こんな時代だったのです。食べる量を減らすことは眼中にない、という時代だったのです。

満腹続くと死んでしまう・・・

欧米でダイエットブームがあることなどどこ吹く風で、「太っていることは富の象徴」であり、そのことを非難されるなど論外であるという時代でもありました。
太っているために病気を発症している人はある程度ダイエットに意欲を示しており、大学病院でも糖尿病患者に対するダイエット指導などは行われていました。しかし、外来での理論指導だけでは思うようにいかず、結局は2週間の教育入院を行い、入金監視の中で食べる量を減らすという強引な手法だったのです。従って、退院したら元の体重に戻ります。
Oさんの本能に、「食べる量を減らさなければいけない」をしっかりと埋め込まなければいけませんでした。
「腹は減っても死なないが、満腹続くと死んでしまう」などの標語を作り、「一ヶ月何も食べずに水だけで過ごせば15kg以上減る。ちょっと食べれば10kg、もうちょっと食べれば7kg、ええい、もっと食べてしまえとなれば3kgしか落ちない。結局、前月から体重が落ちていないということは、体重を維持するだけ食べているということなのですよ」などのカウンセリングトーク作りなど、ダイエット指導の手法を研究したものです。

「体重管理の指導は簡単ではない」

Oさんとは頻繁に一緒に食事して、海外旅行へも一緒に行きながら、食べる量を減らせない人の生活習慣や飲食パターン、心理状況や改善への一手などをじっくり研究させていただきました。
しかし、私との食事で食べる量を調整しても、目を離したすきにアンコたっぷりの饅頭をパクパクと10個くらい食べてしまいます。
本人は痩せなければいけないと十分に認識しています。そして、本人は痩せたいと十分に願っています。でも、どうしてもそれができません。食欲という本能に支配された心はガンコなのです。痩せられない人の心の苦しみを知りました。
一方、大学病院の外来に目を向けると、血糖値やコレステロールの問題がある肥満患者には、医師が強圧的に「運動しなさい。そして食べる量を減らしなさい」と命じているだけです。患者の心は様々な矛盾を感じているのですが、医師はその声を聞こうとしません。聞こうとしないのではなく、患者の心に関心を持ちません。
「体重管理の指導は簡単ではない」と悟りました。担当医と患者の間に心と心の戦争が存在し、「太陽と北風」を応用しながら、一人一人を適切に導かなければいけない、と悟ったのです。大学病院の資料では、そんな面倒なことに関心を持つことはできません。
健康保険制度は、そのような面倒な作業をカバーしていないのです。

ダイエットを変える運命の出会い

積極的予防医療の一環として、この分野を深く研究しようという意欲が高まりました。考えてみると、ダイエット指導一つ成功させることができないのが健康保険の医療です。自由診療であるなら、思う存分研究成果を発揮することができるはずです。
そんな矢先に私は、医療用の食欲抑制剤があることを知りました。半信半疑でOさんに試してみたところ、利用し始めた数日は食べる量が減りましたが、わずか数日で耐性ができて効かなくなったようでした。しかし、私は無限の可能性を感じました。この薬を使いこなせるようになろう。一念発起したのです。(後編に続く)

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