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風本流医療構造改革・論議編

その13「救急医療体制のあるべき姿」

救急患者のたらい回し

救急患者に対する「たらい回し」が、しばしばマスコミを賑わせます。国民の関心が高いからでしょう。この種の情報に関心が高いのは、「やがて来るかもしれない自己の身体に対する事象」に対する漠然とした不安を持つ人が大多数だからです。

「たらい回し」と言っても、患者が実際に次々と病院を転送されるわけではありません。救急隊員が適切な医療機関に電話をかけて「こんな患者がいますが、受け入れてくれませんか?」と依頼し、医療機関が「何かの理由」を設けてその依頼を拒否する状態を「たらい回し」と表現しています。「救急指定病院」を標榜している病院でも、その瞬間に医師の手が空いているかどうかは未知数ですので、救急隊は依頼の電話をあちこちにかけることになります。

「医療機関が依頼を拒否する理由」を行政側はそれなりに分析しています。また、「救急病院のランクわけ」「救急患者受け入れ態勢の病院別リアルタイム表示」など、行政側も救急医療体制の充実に向けて努力しています。不安なく日常生活を送りたいと願う国民は、当然、わが国の救急医療体制に安心と万全の信頼を寄せたいと思っています。しかし、この救急医療体制づくりが成果を見せているかどうかは不明です。ここには、国家戦略の問題が潜んでいます。

救急医療体制の体制と内題

今の日本の政治には、救急医療体制だけでなく「医療社会のあるべき姿」を築くための国家戦略が存在していません。思い起こせば、戦後十数年経った頃「病気になった人が安心して医療を受けられるように」の実現を目指した健康保険制度の創設は、見事な国家戦略でした。しかし、それ以後、

  • 「価値観の多様化に伴う人心の変化」
  • 「医学、特に予防医学の進歩」
  • 「インフォームドコンセントの要求に応じて芽生えた健康教育の必要性」
  • 「マスコミの巨大化」
  • 「回線系の充実」
  • 「インターネットの普及に伴う情報の氾濫」
  • 「移動手段の迅速化に伴う世界の狭小化」

と変貌する社会の中で、「医療社会、どうあるべきか」を語ることのできる人さえいなくなり、医療社会を築く国家戦略の気配さえ見えなくなりました。見えているのは、政・官・業一体となった「医療既得権益の調整」への腐心ばかりになっています。

さて、救急医療の話に戻しましょう。救急病院での当直中に、救急隊からの電話に応じた事務員、あるいは看護師から次のようなことを言われることがあります。

「先生、重症そうな患者がいるようですが、受けますか?入院患者の処置で忙しいとでも言っておきましょうか?」

これはどういうことかというと、要するに現場の医療従事者達に「救急患者の処置にあたりたい」という意欲がないことを意味します。当直しているその瞬間に、「自分は日本の救急医療体制の一翼を担っているのだ」という覇気はほとんどありません。その当直の日には、平穏無事で何事もなく、ゆっくりと休めることを願っています。「現場のモチベーション低下」と一言で表現されますが、原因を分析することも大事です。「当直明けに、通常勤務がある」「救急事態に応じても応じなくても当直日当金額が同じ」など、いろいろな理由が複合的に重なっているでしょうから、行政側はそれらを十分に検討し、改善策を設けていただきたいと思います。

また、忘れてはならないのが、救急医療を担当している医師側の心に潜む「自分の医療技術は万能ではない。もし、手に負えなかったら、あるいは治療にミスがあったら・・・。その瞬間に人生の敗北者になる」という思いです。自分が身につけた技術を誠心誠意フル活用したのに、理不尽な刑事事件扱いにされることもありますし、民事系の事件扱いにされるのは日常茶飯事です。それらを背負い左遷されたり、医療訴訟のターゲットにされた先輩医師の愚痴が耳に残っています。

さて、当直医の心中で一番重いのは「受けた患者が手におえなかったとき、転送する病院を探すことが煩わしく困難である」というものです。それゆえに、救急隊からの依頼を受けることに躊躇してしまいます。実は、この解決策は意外と簡単です。簡単なのに実現できないのは、この分野においてリーダーシップを発揮できる人が日本にいないからなのです。

「救急患者を受けて一目で診察し、この病院、あるいは、自分の技術では治療にあたるのは困難だと思ったら必ず転送できる先病院がある」という状況を作れば、当直医の気分は一新されます。その状況を作ったうえで、現場のモチベーション向上に取り組めば救急医療体制の問題は必ず解決できるのです。

最終救急病院の必要性

必ず転送できる病院、それを仮に「最終救急病院」と名づけましょう。それを建設することがわが国の救急医療体制を築くための急所であり、国家として取り組むべき事業になります。この病院は前衛となる救急病院からの転送依頼を決して断ってはいけません。また、救急隊は最初にこの最終救急病院に搬送依頼をすることは許されません。つまり、最終救急病院は前衛の救急病院からの搬送依頼のみに応じればいいのです。送ってきた患者のレベルを見ることにより、前衛救急病院をランク分けする事も可能になります。
この役割を担う病院こそ、まさに私が主張する医療社会三分割論の1つである国家直営の病院(会計不要)です。「最終救急病院で救急処置を施し、治療上の安定期に入ったら元の病院に返す」という決まりを作れば、搬送依頼を引き受ける前衛病院が急増することでしょう。
最終救急病院は、治療遂行にあたって決して医師個人が罪に問われることがない国家に保護された人員、つまり公務員で構成される医療機関でなければいけません。

社会的要請である救急医療体制の理想型の構築をきっかけとし、国家の直接に雇用、支配する医師群の確保と充実化を図り、健康保険制度下の弱点となる分野を補強するために配置していくことを考えるのです。それなら、国家戦略の一つと言えるかもしれません。

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