HOME > エッセイ集 > 武士と足軽、正社員とそれ以外の雇用形態

月刊メディカルサロン「診断」

武士と足軽、正社員とそれ以外の雇用形態

「武士と足軽」何が違うのか

大河ドラマでは、真田丸が放映されています。真田一族が自己の独自勢力を維持する上で、誰に従っていくべきかに苦慮する姿が面白く描かれています。それと同時に、真田信繁、いわゆる真田幸村が、自己勢力の問題から離れて、秀吉との心のつながり的なものを通して、独自の誇りを得ていく姿が描かれていくことでしょう。

戦国時代には、武士と足軽という絶対的二層化された身分の違いが存在しました。中間、小者というのもいたようですが、武士とは格段の身分の違いがありました。強いて言うなら、武士とそれ以外の二層構造ということでしょうか。
この時代は、身分を明確にする法律があったわけではありません。武士の子供は武士であったようですが、足軽の子供は必ず足軽である、というわけではなかったようです。大元はその人の持つ人間性の何かにより、二層に分かれているのです。

端的にいえば「心構え」

武士と足軽、人間性の大元は何が違うのでしょうか。この時代の実際の戦場を思い浮かべてみました。勢力拮抗している二軍がぶつかり合うとします。双方2000人くらいだったとします。全員が、最前線に飛び出して槍をふるって戦うでしょうか?

ドラマではそのようなシーンが描かれますが、決してそういうものではないと思います。勇敢に最前線に飛び出す者から、勇敢なふりをしているけれども様子見を決め込む者、臆病なのにその姿を気取られないように後ずさりしていく者、最初から前に出ようとしないで、後ろに下がってヤイヤイと大声だけ出している者などに分かれるはずです。
勇敢な者を揃えた軍は、精鋭軍と言われます。臆病な者を多く交えた軍は「寄せ集めの軍勢」と言われます。
武士というのは、自軍を勝利に導くために、自己の命を顧みず、勇敢に戦おうとする者に与えられた称号であり、足軽というのは、様子見を決め込んで、自軍が勝ちそうなら急遽カサにかかって攻めかかろうとする、そして、自軍が負けそうなら真っ先に逃げ出そうとする、そういう者に与えられた称号なのでしょう。「足が軽い」と書くのですから、その辺の推測は間違えていないように思います。

話はそれますが、槍などの武器を持った敵が目の前に接近して来たら、怖気づいて、逃げ出すことを考えてしまう臆病な足軽に、鉄砲を持たせて強力な戦力に編成したのが、織田信長であろうと思います。敵が遠距離にいるときに相手を攻撃し、近づいてくると鉄砲を持ったまま逃げ出してくれれば、貴重で高価な武器である鉄砲を失わないで済むのです。
敵が「卑怯なり。逃げずに戦え」と叫んでも、そんなことに心を動かすプライドを持ち合わせていない足軽ですから、すたこらサッサと逃げてしまいます。その戦法を考え出した時の織田信長のほくそ笑む顔が思い浮かびます。
兵農分離が進んでいない時代は、土地を持っている農民がそのまま武士であったりもしましたが、信長の時代にはそれなりに兵農分離が進みましたので、戦う集団は、上記のように戦う者としての「心構え」に応じて、武士と足軽というふうに、身分が二分化されたのであろうと思います。

雇用形態と社会的身分は不可分なもの

さて、今の時代、企業に従事する者に関して、正社員とそれ以外の雇用形態に二分化されています。ほとんどの人は正社員として雇用されたい、と願っているようです。政府も正社員を増やすようにと企業に対して後押ししています。
正社員とそれ以外、同じでいいのでしょうか。そこには、武士と足軽の相違と同様に、明らかな違いがあるはずです。テレビで事件報道などがあった時、人名の前に身分が添えられます。「派遣社員の誰々」「都の公務員の誰々」「弁護士の誰々」という感じです。添えられた身分で、その人をイメージします。報道しているマスコミ自信が、その身分にイメージを込めようとしています。介護施設を襲った例の事件では、「その介護施設の元職員の誰々」と解説します。「無職の誰々」とは言いませんでした。身分というのが常に関連付けられるのです。
「正社員のAさん」と「派遣社員のBさん」では、同じイメージで伝わってくるでしょうか?そのイメージの違いこそ、まさに身分には厳然たる違いがあり、すべての人が公平であるというのが幻想にすぎないことを物語っています。

社会にはびこる誤った認識

私も媒体を通じて、人材募集を行うことがあります。最近はネット媒体の利用が増えています。正社員を募集すると、大勢の応募者が来ます。面接では、私は必ず「正社員とそれ以外の雇用形態(派遣社員、パート、アルバイト、契約社員)、何が違うと思いますか」と質問します。驚いたことに、ほとんどの人の答えが、「正社員には社会保険、賞与などがあり、待遇が良く、安定がある。その他は安定がない」としか答えません。「正社員は待遇がよく、それ以外は待遇が悪い」としか認識せず、「どんな人に正社員の資格があるか」を答えられないのです。
だから、正社員を希望して応募してきたのに「残業はできません。勤務は何時までです。土日は必ず休みます。業務内容はこういうことに限らせてほしいです」と要求します。
正社員の募集に応募したのに、その面接の場で派遣会社が派遣希望者の登録時の面接で答えることを話すのです。日本の社会はそこまで落ちぶれているのです。社会が、社会教育を放棄しているのです。誰のせいだかよくわかりません。

「正社員」と「それ以外」の違い

正社員というのは、社会的地位が高いとみなされます。なぜ高いかというと「所属した組織の維持・成長のために、業務命令を受けたら、どんな業務でも、そして、どんな場所にでも率先して進んでいく」という心得を持つ者に与えられる称号だからなのです。
報道で「一流企業の正社員の誰々」と言われたら、人々は、そういう心得を持っている人を連想するのです。その心得を持てないのなら、派遣社員を望めばいいです。もともと、派遣社員というのは、勤務時間、業務内容、仕事場所を限定してほしい人のために誕生したのです。ただし、専門技術者には別枠の扱いがありますが、ここでは深く言及しません。
政府は、企業に正社員を増やせとプレッシャーをかける前に、「正社員とはこういうものである。自分のライフスタイルの中で、仕事をどのように位置づけるかを考えて、自分が正社員であることを望むべきかどうか、望んでよいのかどうかをよく検討せよ」という教育を施さなければいけないのです。

エッセイ一覧に戻る