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月刊メディカルサロン「診断」

医療界は世間にどんな思想、信条を提供してきたか掲載日2017年3月2日
月刊メディカルサロン4月号

キリスト教とイスラム教が世界の各地で諍い(いさかい)を起こしています。厳密には、キリスト教的価値観を持つ人たちとイスラム教的価値観を持つ人との争いです。
キリスト教がもたらす「教え」というものがあり、その教えが、キリスト教を信じる者の思想、信条の原点となって、その人の価値観を形成します。イスラム教も同じです。
その辺のことをいろいろ考えていると、
「思想、信条の原点となるものが与えられ、そこから価値観が形成される。その価値観により、その人の人間性が形成される」
という一つの結論めいたものにたどり着きます。
その点から考えると、日本は面白い国で、世界中の多くの思想、信条を受け入れ、多様な価値観を形成してきました。

国家神道

「不吉なことを口にするな。口にすると、本当にその不吉なことが実現するぞ」という思いが、皆さんの心の中にあると思います。また、「何かよからぬことをすると、祟り(たたり)がくる」という思いがあります。だから、「不吉なことは口にしないで、心の中に飲み込んでおこう」「悪いことをしてはいけない」という日常の制限、規範が生まれます。これらは国家神道の教えであろうと思いますが、日本国民の価値観となって、深く染み込んでいます。

孫子の兵法

「戦わずして勝つ」「情報が大事だ。敵を知り、己を知らば、百戦危うからずだ」と語る人がいます。孫氏の兵法の教えをどこかで学び、それが自己の信条となっています。その信条が、その人の価値観を形成していきます。
M&Aの世界において、派手な敵対的M&Aを仕掛ける人もいれば、仲良くしながらいつの間にか吸収していくというM&Aを仕掛ける人もいます。「事前に情報を集めて、戦わずして勝つ」という価値観を持つ人は、後者のM&A戦略を練るのでしょう。

孫氏の兵法で、皆さんにぜひ知っていてほしいのは、「まず勝ちて、しかる後に戦う」の一節です。この一節が価値観になっている人は手ごわいです。夫婦の間で、浮気を発見したときの展開など、この兵法につきます。
浮気を発見して「あなた、浮気したでしょ」といきなり攻めかかるのは、「まず戦いて、しかる後に勝ちを求む」の展開です。泥沼化して、結論を導くのに大きな労力を要してしまいます。しかも、思わぬ反撃を食らうこともしばしばです。
情報を集めきり、勝利を確定させて、落としどころも定めたうえで、その勝利の演出のために「浮気していませんか」と静かに持ち出せば、「まず勝ちて、しかる後に戦う」の展開で、何の苦労もしません。今回は、孫氏の講義ではありませんので、続きは別の機会に譲ります。

輪廻転生、極楽浄土

「輪廻転生」という思想があります。この思想がその人の価値観になっている場合、今の自分に対して、先祖の悪業というものを連想し、その償いをしようとします。
「極楽浄土」「仏罰」という思想もあります。これらは仏教思想です。戦国時代の一向一揆などは、「織田信長に仏罰を与えよ。その目的のために死んだら、極楽浄土に行ける」という価値観を植え付けられた人が大勢いたことでしょう。

孔孟思想

「学問を身につけよ」「礼節をわきまえよ」といえば、孔孟思想になります。「一人一人が学問を身に付けて、自己修養に努め、その上で家族をなして、家で規律、学問を子供に教えれば、国は良く治まり、天下は太平となる」(修身斉家治国平天下)という思想です。この思想が自己の価値観となっている人は、「結婚して家族をなす」ということに格別に強い思いを抱くことでしょう。
孔孟思想においては、「衣食足りて礼節知る」とも説いています。アメリカのオバマ前大統領がすすめてきた「民族融和」の路線は、素晴らしい「礼節」路線ともいえますが、その中で衣食が不足し始めた人たちによって、覆されてしまいました。ここに狙いを定めていたのであれば、トランプ現大統領の価値観の原点は、「衣食足りて礼節知る」であると言えるかもしれません。「強いアメリカ」を標榜するのも、「強くなければ、良いことを言っても通用しない」ことと表裏一体であり、価値観として「衣食足りて礼節知る」に通じます。

老荘思想

老荘思想というのがあります。「何かに一生懸命に努力して取り組んでも、その反作用として、その一生懸命の悪い部分が現れる。差し引きゼロだから、自然体のままで何もしないのが良い」というものです。この思想は、現代のプロレタリアート(労働者階級)思想に通じるところがあります。
「どうせ出世できるわけがない」と思い込んでいる人々は、「自己の技量を高めるために、一生懸命に努力しても無駄だ。努力の結果、仕事を早くこなせるようになったら、残業代を失うのだから」という思いにとらわれています。老荘思想から生まれる価値観です。
「抗がん剤を投与したら、ガンは縮小するかもしれないが、副作用でかえって早く死ぬだけだ」というのは、この老荘思想に通じます。ネガティブなイメージがありますが、軽視することはできません。
意欲的な人生を過ごしたい人には老荘思想は物足りないのですが、含蓄ある一節があります。
「本にはたくさんの知識が詰め込まれている。しかし、本当に大事なのは、何かをするコツとか経験などの文字にできないものであり、どれだけ文章を読んでも言外の知を読み取れなければ、結局は何も学べない。だが、知識人は本をたくさん読んで知識をたくさん持って、何もできないのに知った風な気分になって尊大な態度をとる」
学歴があるのに、社会で活躍できていない人、役に立っていない人はたくさんいます。この一節、特に「尊大な態度をとる」の部分から、自己の現状に関して何かを感じ取ってほしいものです。

私の使命 ~健康に関する価値観創造のために

さて、先進文化人たちが世間の人々に提供した思想信条は、世間の人たちの心の中で醸成され、人々の価値観となって定着し、人生の指標として役立っています。

ここで考えたいのは、医療界は世間の人々にどんな思想信条を提供してきたかという問題です。私が知る限り、「早期発見、早期治療」しか提供していません。人体、健康、医療という生涯にわたって必ず必要になるもの、人々の生活とは切り離せないものに取り組んでいるのに、世間へのメッセージ発信がなさすぎるのです。病気になる人を待ち構えているだけです。
「早期発見、早期治療」も、世間の人々を自己の世界(医療界=病気になった人を集める世界)へ引き込むためのメッセージに過ぎず、病気ではない世間の人々の価値観へと醸成されるほどのものではありません。

私が「朝だけダイエット」「EPA体質」「背が伸びるプロセス」「体重が減らない=釣り合うだけしっかりと食べているからだ」など、世間の人への健康教育上のメッセージを発信しているのは、健康生活を送るための世間の価値観として醸成されていく元ネタを提供していかなければ、という使命感を持っているからにほかなりません。

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