月刊メディカルサロン「診断」
「上」「中」「下」掲載日2019年7月3日
月刊メディカルサロン8月号
老後2000万円問題
ある大臣が、
「老後を全うするためには、2000万円必要」と発言して物議をかもしました。
「リタイア以後は、年金だけでは生活していけないよ。2000万円の貯金を作っておきなさい」というつもりで語ったのかどうかは知りませんが、反響の大きさに本人も驚いたことでしょう。
世の中に漠然とした不安を元とする単位事象があり、それに対して、シンボル的な用語が出現した時、それが大きな物議を醸すことはよくあることです。
人に不安や恐れを抱かせる「つきまとい行為」に対して、「ストーカー」というシンボル単語が現れて、その分野が具体的になり、社会問題化したのと同じです。
老後を年金だけで生活できないことなど誰もが認識しています。その当たり前なことには、不安や恐れが存在していましたが、そこに「2000万円」という数字が出てきたので、具体的になり、社会問題化したのです。
一億総中流は過去のもの
ところで、老後、すべての生活資金が尽きて、生活を維持できなくなったらどうなるのでしょうか?そこには、最低限のセーフティネットワークとして、生活保護法があるので、餓死することはないようです。
あの大臣の2000万円発言で、私は、昔の日本の「中流階級意識」の話を思い出しました。高度経済成長の頃、日本人のほとんどは「私の生活は中流階級です」と認識していたという話です。
その中流階級の人たちなら、リタイア時に2000万円たまっているのでしょうか?2000万円は無理なのでしょうか?具体的な数字が出ると、話のネタが尽きなくなります。5000万円で買ったマイホームが2000万円で売れればいいのですが、平成初期にバブル経済を生み出し、そうはならない社会にした国家にも責任があります。
格差社会へ
あの大臣の話で注目するべきことは、「リタイア時」という期限が関与していたことです。今の社会の流れでは、リタイアが60歳から75歳の間に設定されるのは明白ですが、その時点で、人が「上・中・下」に分けられていることに気づかされました。
リタイア後、たっぷりと資金をもって豊かな老後を送れる人を「上」、2000万円の貯金を持って、それなりの質素倹約を積み重ねれば、老後生活を全うできる人を「中」、老後人生のどこかで資金が尽きてしまいそうな人を「下」とする分け方です。一生懸命に歩んできた人生の節目の時点をとらえて、「上」「中」「下」に分けるのも失礼な気がしますが、社会制度は紛れもなく、その分類を強要する流れになっています。
格差はいつ生まれる?
その発想を持つと、「上」の人はどういう経緯で「上」になれたのかが気になります。もちろん、「下」になった人の過去の人生の経緯も気になります。
「上」になった人は、成功人生と言われています。リタイア後の老後生活を謳歌していることでしょう。社会人になった瞬間から「上」を歩み続けた人もいるだろうし、波乱万丈の中をのしあがって、「上」なった人もいるでしょう。
「下」になった人は、過去に何かの失敗があって、急転直下で「下」になった人もいるでしょうし、社会に出た時から「下」に甘んじて、挽回することなく「下」の人生を歩み続けた人もいるでしょう。
考えているうちに、社会人になった時点で「上」「中」「下」に分かれていたのだ、ということに気づきました。つまり、リタイア時を節目とするずっと以前・・・そう、社会人になった瞬間に、もう人は「上」「中」「下」に分かれていたのです。
一流大学を出て、公務員、一流企業のエリート系サラリーマン、エリート系研究員、医師、弁護士になるのは、社会の一般論では「上」とみなされているようです。では、「中」「下」は?難しくて私にはよくわかりません。
うん、ちょっと待て。そのように考えていると、生まれた瞬間にもう、上、中、下になっていることにも気づきます。生まれた家の家庭環境のことです。
以上を図にすると、次のようになります。
この図面一枚で多くのことを語れそうな気がしますので、皆さんで語り合ってください。
下の下から上の上へ
さて、この日本には、生下時、そして社会人になった瞬間とも「下」の「下」であったのに、リタイア時には「上」の「上」を極めた偉人がいます。
足軽あるいは最下層の農民の子として生まれ、親元を離れた時点では流民となり、しかし、リタイア時には、まさに、「上」の「上」、関白太政大臣にまで上り詰めた人です。皆さんがご存じの、豊臣秀吉です。ジャパニーズドリームも捨てたものではありません。
秀吉の人生が教えてくれるのは、
「『下』の立場で親元を離れたのなら、仕え甲斐のある人を探し、その人に仕えて、誠心誠意尽くしなさい。その結果、人生の大逆転を目指せる可能性は十分にありますよ」
という教訓であり、それは、今の時代にも生きているはずなのです。
では、生下時が「下」であっても社会人になった時点で「上」になるためには?福沢諭吉先生が、「学問ノススメ」で説いてくれています。それを実現しやすい社会制度が必要です。