月刊メディカルサロン「診断」
「食べること」と「ダイエット」「体重管理」の価値観の変遷(中編)掲載日2022年5月2日
月刊メディカルサロン5月号
新薬に対する疑い
私のような医学部大学院で学んだ医師は、新しく開発された薬の効果や効能に関して、最初は強い疑いを持っています。治験などを手伝うことがあるのですが、製薬会社の担当者からは、「この治験薬を使った患者に関して、大まかでいいですからこの書類にまとめてください。一枚につき〇円分の図書券を差し上げます」などの話は日常茶飯事で、想定外の結果になった症例に対しては、「これはややこしいからなかったことにしよう」と考えることもしばしばです。また、教授の支援が入っている時は、悪い結果になりそうなものはあらかじめ省いてしまいます。
要するに、少なくとも当時(平成5年)の日本における治験というのは、いい加減で厳格性がなかったのです。だから、ノスカールという薬のような事件が発生します。
ノスカールは、抹消組織でインスリンの働きを高め、血糖値を下げる薬です。治験データ上は完璧な名薬でしたが、認可されて幅広く利用されたところ、急性の重症型肝障害が多発して、あっという間に20人以上が死亡してしまいました。
そのようなわけで、新薬に対しては、「本当に効能書き(添付文書)通りなのだろうか」という疑いを持ってしまいます。
食欲抑制剤のマジンドールに対しても同じ思いでした。自分の診療で、自分の目で、自分の経験で確認しないと、信用できません。
懐疑から確信へ
さて、話は戻ります。Oさんには一緒に食べる食事の少し前に、マジンドールを1錠差し出しました。「この薬を飲んでみてください。いい薬ですから」と話したところ、「そうですか。ではさっそく飲みます」と、Oさんは何の疑いも持たずに内服しました。信用関係ができているからこそのことです。
どんな作用の薬であるかを事前に話しておくと、先入観が入り込みます。だから、「食欲を抑える薬ですよ」と話すわけにはいかないのです。どんな効果であるかを一切話さずに1錠を内服してもらい、食事中に様子を観察しました。
その日は、日頃にも増してよく喋りました。かなり楽しそうです。「心がハイになる効果があるのかな」と思いながら、観察を続けました。オードブルは普通に食べました。水分をよく摂りました。いつもはワインしか飲まないのに、その日は店員に水を要求します。「副作用に口渇感というのがあるが、それは間違いないようだ」と確信しました。そして、次のステップで驚愕の事実を見ました。2皿目の料理を食べようとしないのです。相変わらず政治経済のことをよく喋りますが、目の前の料理に手が伸びません。ついに、一口食べたかと思うと、「先生、この残りは差し上げます」と言いました。Oさんを数ヶ月見てきましたが、そんなことは初めてです。間違いなく食欲抑制効果があったのです。
楽しそうにしゃべるけれど、目の前の料理に手が出ない。その状況のまま食事が終了しました。
私はマジンドールの食欲抑制効果に確信を持ちました。
1週間もしないうちに・・・
その日の食後に、「あの薬は実は食欲を抑える薬なのです」とOさんに明かしました。「もしかしたら怒るかな」と思いましたが、Oさんは人格的に大人です。「そうだったのですか。食べる気にならなかったのはあの薬の作用だったのですね。それはありがたい。今後も使い続けて体重を落としたいです」と語ってくれました。
Oさんは、「食べる量を減らすなんて無理だ。何を食べたら痩せるかを教えてほしい」といつも述べていましたが、本心ではやはり「食べる量を減らすしかない」と思い始めていたのです。
マジンドールを使い始めて以後、私はOさんと毎日一緒に食事をしました。すると、1週間もしないうちに、食べる量が以前の量へと戻ったのです。つまり、薬の効果が減弱しています。この状態を、「その薬に耐性ができた」と表現します。添付文書には、「依存性ができる可能性がある」と書いてあります。それは、「薬をやめられなくなるから要注意」ということであり、だから私はそれを警戒して、毎日Oさんと一緒に食事して様子を観察していたのです。
「効かなくなったみたいだからこの薬は中止しましょう」「わかりました」という簡単なやり取りで、その薬を中止しました。依存性があるなら、「やめたくないです」と語る可能性がありました。しかし、その気配はありません。「依存性はないのかな。いや、投与期間が短かっただけであろう。油断はできない」と思い直しました。
なぜ?日米で異なる投与量
そこで、私はこのマジンドールについて諸国の文献を取り寄せ、調査をしました。アメリカでは、1回2mgの投与でした。日本の添付文書は、1回1錠0.5mgの投与になっています。つまり、アメリカで有用性が証明されたこの薬は、1回2mgの投与です。それなのに日本で認可する時は、1回0.5mgの投与に変更されていました。4倍も投与量が異なるのです。
なぜそうなったのかを推測し、3つの可能性を考えました。
一つは、「2mgにすると依存性が現れるリスクが高まるから」です。これはまともな理由ですが、効果がない投与量では本来の意味がありません。また、何のために医師が管理しているのかわかりません。
もう一つは、「効果が出てしまうと、美容目的のダイエット志向者への乱売が始まるかもしれない。だから効果がない投与量で認可する」です。処方せん医薬品ですので、医師が健康管理の観点から患者を管理した上での処方になるのですが、医師が全く信用されていないことを意味します。美容外科の現状を見ると、その可能性も否定できないのかもしれません。
そしてもう一つが、「そんなに簡単に体重を落としてしまえたら、コレステロールの薬や糖尿病の薬の出荷が激減してしまう。これは製薬会社の死活問題になるので、その方面から横やりが入った」です。厚生省(当時)の行政ぶりを考えるとあり得る話です。
ダイエット指導のエキスパートへ
私は、この薬を健康管理に役立てるためにどうするべきかを思い悩みました。そして、様々考え抜いた結果、得た結論は次のものでした。
「1回0.5mgの投与量というのは、健康保険認可上の投与量である。具体的には、BMI35以上の高度肥満の人に健康保険を使って投与するなら1回0.5mgで、毎食前に1日3回までの投与にするということである。私は健康保険を用いていない。となると、世界の発表データを基に検討して、この薬の使い方を考えるべきである」
そこで、1回1mg(=2錠)の投与でOさんに試してみました。依存性の発生に注意しながら観察しましたが、薬はいつでもやめられる状態が続き、依存性の気配はありませんでした。効果は持続し、耐性ができるまで、つまり効かなくなるまで、4~5ヶ月かかりました。その間に体重は86kgまで落ちました。20kg以上の減量です。
私はこの治療を通して、一つの治療モデルケースを経験できたのです。今後はそのモデルケースを基準に、いろいろなバリエーションの臨床経験をすることが私の任務になります。
Oさんが痩せたのを見て、続々とその知人が集まってきました。集まってくるのは、中高年の男女です。意外なことに若い女性はいませんでした。私がプライベートドクターシステムを標榜していましたので、美容目的の人は来院するのを憚ったのでしょう。
それから3年かけて私はダイエット指導の達人(?)への道を進み、同時に、収益的に一つのクリニック組織を維持できるようになったのです。
他院でパートや当直をしながら、どうにかこうにか健康管理学の研究所を維持するという辛い立場から脱却できたのです。(後編に続く)