月刊メディカルサロン「診断」
いっそのこと政党そのものを解散したらどうですか(続編)掲載日2024年4月30日
月刊メディカルサロン5月号
日本の政治の世界は、ひたすら政党どうしの政争を展開しています。野球の巨人と阪神の試合を見ているようです。試合など見せなくていい、法案を審議してその賛成反対を決めてくれるだけで十分だ、という気分になります。
明治時代、薩長藩閥政治が繰り広げられる中で、自由民権運動の高まりを受けて国会開設の詔が出されました。そこで、打倒藩閥政治を目指して政党が結成されました。つまり、日本における政党の誕生は、薩長藩閥政治に対抗することを目的としていたのです。
自由主義や民主主義が成立して定着した今、そして資本主義の共産主義化が進んだ一方で共産主義の資本主義化が進んだ今、両極の思想は必要なく、政党政治は既にその目的を消失させています。
中核は国会事務局
政党がなくなって国会が開設できるのだろうかという疑念に対しては、国会事務局の権限を強化し、全国の選挙区に国会事務局の出張所(選挙区センター)を作って、その選挙区センターが当該選挙区から国会議員を選び出すという方式に変えれば、政党なしの選挙と国会運営が可能であることは前回に述べました。
この国会事務局は、省庁と国会議員の橋渡し役も務めます。省庁の役人は、国会議員に知ってほしいことがあります。今までは、自民党などの特定の政党のごく一部の議員にこっそりと話していたのですが、今後は国会事務局が中心となって、官僚が講師を務めるセミナーを頻繁に開催することにします。国会議員はそれに参加して、行政の実情や行政側の望みを知るようにします。政党どうしの政争の具として呼び出された官僚が野党の質疑に応答している姿を見かけますが、そのようなものではなく、官僚の立場から国会議員に話しておきたいことを思う存分に語ってもらいます。つまり、公の場で皆に情報提供してもらいます。
財界も国会議員には知ってほしいことがあります。「あること」の社会への必要性を知ってほしいのです。財界から講師を招いて国会事務局がセミナーを主催し、その内容を知りたい国会議員に参加してもらいます。料亭などでコソコソと話し合うような密会的情報提供はなくなり、オープンで明るい情報提供の世界を展開させます。
総理大臣の選出方法
ところで、政党なき選挙が実施され500人の衆議院議員が誕生したとします。その500人の国会議員から総理大臣はどのようにして選ばれることになるのでしょうか?政党政治の時代は、最大政党、あるいは連立結果の最大政党側から代表者が候補とされ、その上で全衆議院議員の投票がなされ、総理大臣が選ばれていました。政党がなくなれば、どのような総理大臣の選出手法になるのでしょうか?
500人全員に対して、国会事務局長が壇上に立ち、「総理大臣として立候補する人は挙手を願います」と話して手を挙げてもらいます。ベテラン議員が手をあげるとは限りません。1年目議員だからと言って手をあげてはいけないということもありません。50人以上が手をあげるかもしれません。5~6人かもしれません。まずは、「私が総理大臣になった暁には云々」などの短い演説を行ってもらいます。その手を挙げた人から数次にわたる投票を行います。「この人は論外と思う人を10人列挙して投票する」などもあり得ます。それらを国会事務局長の権限で行い、最終的に2人までに絞ってもらいます。立候補者には、要所で演説してもらいます。
2人まで絞ったら、2人で討論会を行ってもらいます。全国民にその討論会を放映します。その上で500人の国会議員がどちらかに投票し、総理大臣を決定させます。コメンテーターや司会で活躍した人が国会議員1年目でいきなり総理大臣になる、というケースもあり得るのです。当然、上場企業を創業したある人がいきなり総理大臣に、というケースもあり得ます。政治に強烈なダイナミズムが生まれます。
各大臣の選出方法
さて、総理大臣を選出したら、次は各国務大臣です。まずは、総理と表裏一体となる官房長官の選出です。官房長官は総理との相性問題が重要ですので、他の国務大臣とは異なる選出方法が必要です。まずは総理が国会議員から1人、そして民間から1人を選びます。その他に国会議員から立候補を募ってそれを2人に絞り、最終的に総理推薦の2人を合わせて4人の候補者にします。そして演説を行ってもらいます。総理を補佐する立場としてどうあるべきかを語るのですから、聞きごたえのある演説になると思います。国会議員でない民間から一人が候補者になっているのがポイントです。例えば、あるコメンテーターが1年生議員になっていきなり総理大臣になった場合、民間から誰を官房長官に推薦するか、そしてその民間人がどんな演説をするかなど興味津々です。
官房長官が決まれば、次はその他の国務大臣です。立候補や推薦などを元に、議員の投票とアンケートなどを織り交ぜて、国会事務局長が各国務大臣の候補者を3人に絞ります。一人の国会議員が重複して候補者にされる可能性はあります。さらに、国会事務局長および総理大臣が、各国務大臣の候補者に民間人を一人加えます。その4人に国会議事堂で演説を行ってもらいます。外務大臣や厚労大臣の候補者の演説は、さぞかし国民の関心を引くと思います。そして、総理が一人を任命します。密室政治の完全打破です。
このようにして、総理大臣以下の全大臣が決まり内閣が構成されます。政党はなくなっているのですから、500人の中から実力主義で選ばれた内閣です。副大臣、政務官は、総理と当該大臣が話し合って定めます。今までのような一つの政党から選ばれた内閣ではありません。政党内での年功序列的な順送り人事ではありません。また、全国会議員が選んだ大臣としての側面もあります。官僚に対しても強力なリーダーシップを発揮してくれると思います。
無くなる!「任命責任」
大臣が不祥事を起こした場合、あるいは過去に問題行為があったことが発覚した場合、その大臣を更迭すればいいだけです。総理にとって政党内のしがらみなどないのですから、更迭は容易です。「任命責任」などという表現は全く不要です。そのことを考えれば、今の国会が政党どうしの政争の場に過ぎないことがよくわかります。「総理の任命責任を問う」をことさらに大げさに叫ぶのは与党を貶めたいだけの発言で、天下国家を思っての発言でないことがよくわかります。総理の任命責任を問い詰めることが、国家国民のためとは思えません。
政党中心の政治においては、相手政党を蹴落とすことが第一の仕事になってしまいます。明治時代の薩長藩閥政治からの脱却のために、大隈重信や板垣退助らが活躍した政党の時代とはまったく政党の存在意義が異なっているのです。政党などなくなって議会政党制から脱却することが、今の日本には必要なことのように思います。その方が、国会議員もストレスなく、国家国民のための仕事に没頭できるように思います。
おわりに
私は医療社会に生きる人間で、医療社会の改良を志して若くして独立した者です。「動かない相手を動かすには、動かざるを得ないように仕向ければよい」という兵法に則って、健康保険をポンと捨て独立して目立つように活動してきましたが、2006年の新研修医制度の実施以来、医療社会は着実に良い方向に向かっており、私は役目を十分に果たした気分になっています。だからといって、国政改革に向かって「蜂の一刺し、像をも倒す」の気分にならないように自分を戒めています。