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月刊メディカルサロン「診断」

男女関係激変の30年、そして未来どうあるべきか掲載日2024年8月28日
月刊メディカルサロン9月号

皆婚から晩婚・非婚へ

30年ほど前、私はある週刊誌のインタビューを受けて、健康管理学を語りました。その結果、「あと30年長生きする生活法」が、3週連続で特集されました。以後、しばらく「あと30年」の語が流行したものです。
ちょうどその頃、どこかの新聞で「丸の内OLの結婚平均年齢が28歳を超えた」という見出しの記事が見られました。女性の晩婚化を初めて取り上げた記事だったように思います。今思えば、それが後に、少子化をもたらす時代の幕開けを告げたことになります。当時は、平成バブルを謳歌した直後の時期でもあり、女性が結婚を「自由の喪失」ととらえるようになったのか、バブル崩壊後の混乱の中で結婚生活の「将来不安」が高まったのか、理由はよくわかりませんが、女性が結婚を躊躇しはじたのは間違いないようです。それが男女の在り方の変貌の始まりです。

バブル以前~バブル以後

その当時、女性は結婚と同時に退職するのが当たり前でした。これを寿退職と言って、女性の義務のようにされていました。男も、「妻を働かせるのは男の恥」の気持ちを持っていました。「妻には家庭内のことに集中させ、俺を支えさせる。それが男の価値だ」とまで言っていました。社会も女性には「内助の功」を求めていました。もちろん、一方では当時でも「妻に三食昼寝付きは認めない」と言っていた男もいました。どちらにしても、今なら女性に対して失礼な話ですが、当時はまさにそうだったのです。
「結婚はクリスマスケーキ」という表現もあり、12月25日を超えたら売れなくなるクリスマスケーキのようなもので、25日と25歳をかけて、「25歳行き遅れ」などとも言われていました。今、そんなことを言えば、殴られます。しかし、その時代の女性が今の50~55歳以上であるのは間違いありません。
平成バブルの前までは、女性は結婚して社会とはやや隔絶された家庭内に入り、自分の未来の幸、不幸を男の生活力に頼るというものでした。自分の未来は結婚する相手の男の生活力次第だったのです。だから、夫が妻以外に女をつくることは、妻の生活レベルを半減させることを意味し、妻は夫の不倫に対して強い警戒心を抱いていました。夫に対する独占欲が強くて当然でした。
その夫婦の在り方に疑念が生まれたのが平成バブルの自由謳歌の時代で、バブルが過ぎ去った後は、疑念を実行に移し始めたのでしょう。晩婚化が始まりました。

そして、現在

さて、夫婦の在り方に疑念が生じて約30年間の意識改革が進んだ今の若い男女は、どのように考えているのでしょうか?
結婚して、夫に自分の生涯を委ねようなどとはかけらも思っていません。共働きでお互いに独立した生活体系を持つのが当然だと思っています。一つの家の中での別生活の共同体とでもいうのでしょうか。社会人になった瞬間から、若者どうしでは飲食代は割り勘が当然です。ラブホテル代まで割り勘にしているそうですから、夫に委ねる気持ちはなくて当然です。我々の世代は驚くしかありません。
20歳代の男女では、確かに女の収入の方が多くなっているのが現実です。だから、男の美容外科手術が流行っています。見栄えのいい男になって女からお金をいただくということに、男はプライド上の穢れも感じなくなっています。
夫婦生活では妻の収入の方が多いこともしばしばで、夫が不倫をしても、自分の生活資金が半減するとは思わず、夫の不倫が憎ければ慰謝料を分捕って別れればいいくらいに思っています。「離婚歴あり」は経歴上の汚れにはならなくなっています。妊娠、出産という女性特有の不利に対しては、社会が補償してくれるべきだと思っています。子育ても、男が半分手伝うのが当然だと思っています。
結婚した夫婦の生活の激変には驚かされますが、この激変の中で、今度は男に結婚拒否の傾向が高まっています。ますます晩婚化が進みます。

政府にも大いに責任がある

ここまでは人間関係という観点での晩婚化の話でした。しかし、晩婚化、少子化には、政府の責任に帰すべき理由も存在します。
戦後一貫して核家族が進んだのは周知のとおりですが、ほんの30年前までは両親を中心とする家族の中に娘がいて、結婚するまでは両親が住む家から離れなかったものです。その時代は、「結婚すること」が両親の元から脱出する「自由の獲得」でもあったのです。しかし、いつのまにか結婚する前に女性は一人住まいを望み、実際に一人住まいを始めるようになりました。東京近郊に親が住んでいても、娘は別の場所(主に都心)で一人住まいを始めるようになったのです。「自由を求める」のが人の本能ですから、一人住まいを求めるのは当然です。かつては、それを抑制していた社会的制約がありました。一人住まい資金の不足、不安です。しかし、消費者金融を育成する政府の方針が、その制約を解除してしまいました。
女性が結婚前に一人住まいを始めるようになった。私はそれが社会の激変の始まりだったとみています。先に自由を得てしまったので、結婚は「自由の喪失」になります。それだけで、躊躇して当然です。しかも、一人住まいには莫大な生活資金がかかりますので、貯金ができず、あるいは、借金を背負うことになり、結婚するわけにはいかない、という背景事情を生み出します。「引っ越し貧乏」という語があるように、引っ越しごとにかなりの資金が必要になります。その資金を簡単に貸し付けてくれる消費者金融も政府の後押しであちこちに存在し、「引っ越し資金だから」を大義名分にすれば容易に借り入れられるようになっています。一方では、多くの独身女性が奨学金ローンなどの借金も抱えています。
借金を抱えた状態で、「結婚しよう」とは言いにくいのです。30歳前後の女性で「子供を育てる自信はないです」と話す人は「借金を背負っています」の裏返しです。試しに、借金を抱える独身の女性を見つけたら、事情を聴いてあげて、借金を解決してあげてみてください。その女性はあっという間にどこかの男と結婚していきます。

「毎月もらえる1万円と目の前に積み上げられた100万円、あなたはどちらをとりますか?」と若者に質問してみてください。
毎月の1万円は、年間で12万円です。これは社会的信用のある人なら、500万円を借り入れたときの金利に相当します。つまり、毎月の1万円は目の前に積み上げられた500万円の現金に相当するのです。月10万円の家賃を支払うことが、どれほどの莫大な出費に相当することなのか、毎月の2万円の返済が、どれほど大きな苦しみの源泉になるのかを教育しなければいけません。
一人住まいしている若い女性が、親元で生活して家賃が不要になれば、その女性には莫大な貯金ができます。学生支援機構の奨学金ローンの扱い方だけでなく、ローンを組む、固定出費を抱える、ということに対する国民教育の不足、そして、若い女性が容易に消費者金融から借り入れられるようになった社会システム、一人住まいを促進していく不動産・建設業界事情。その辺は政府の問題であるように思います。

これからどうする?私の見解

どちらにしてもここ30年で一気に進んだ晩婚化と少子化は、自由を求める人類の必然的な結果です。その必然性に対抗するにはどうしたらいいのでしょうか?どんな未来像を描いて、どのような国家的方針を定めればいいのでしょうか?
私には、シングルマザーへの大胆で強力な支援システムを政府が設けて、そのシステムで子育て中だけではなく女性の生涯に安心を与えること以外思い当たりません。シングルマザーへの懲罰的要素は、欠片も存在してはいけないのです。

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