月刊メディカルサロン「診断」
ウクライナ、イランへの軍事行動をめぐる歴史との照らし合わせ掲載日2026年4月30日
月刊メディカルサロン5月号
歴史が示す「放置の危険」
今から2500年ほど前の中国の春秋時代。当時は辺境に位置する呉の国が宰相伍子胥の国家繁栄策で強盛を誇ったころ、すぐ背後に越という小国がありました。ある事情で、越は呉に復讐心を抱いています。しかし、呉王夫差は、この越を軽く見て相手にしませんでした。そして、覇者の座を求めて、自ら軍を率いて、中央に遠征し諸侯会盟の場に参加しました。その隙をついて、越は呉の都に攻め込み、呉都をめちゃくちゃにしました。ここに呉の滅亡が始まります。ここには、「呉越同舟」や「臥薪嘗胆」の故事が生まれています。
秦の始皇帝が崩御し、内乱が勃発し、国家は乱れましたが、いったんこれを統一したのが「西楚の覇王」項羽です。秦の都である咸陽に先に乗り込んだのは劉邦でしたので、劉邦がその地の王となる約束でしたが、圧倒的な武力を持つ項羽はそれを反故にして、劉邦の功績を奪い取り、劉邦を辺境の地である漢中に閉じ込めたのです。項羽に恨みと敵愾心を持つ劉邦は、項羽が元の地に戻った隙をつき、項羽打倒の兵をあげ、3年後に項羽を滅ぼし、漢を建国しました。
この2つの歴史的事実は、自己に復讐心や敵愾心などの良からぬ気持ちを持つ者を軽く見て放置するとロクな目にあわない、ということを物語っています。
平治の乱で敗れ、父が殺され、自身も打ち首となるところを助けられ、放置(流罪程度)してもらえた源頼朝が後に平氏を滅ぼしたのも歴史的事実なら、関ヶ原の戦いの戦後の仕置きで、120万石から26万石に減らされて徳川幕府に恨みを持つ長州藩が後に徳川幕府を滅ぼしたのも歴史的事実です。
ロシアとウクライナ
旧ソ連の構成国で、本来は新ロシア国家であったウクライナは、民主化の流れの中で、ロシアから遠ざかり、ロシアの言うことに従う国ではなくなりました。ウクライナは地理的に、モスクワにとっては、喉元に突き付けられた刃のような国です。この国が敵国化すると、ロシアは気が気でならず、その動向にいつも備える必要が生じ、安心して眠ることさえできません。「ロシアに属国的に従う国であれ」と外交的に強く要求したのでしょうが、ウクライナはそれを突っぱね、あろうことかNATOに加盟しようとまでしました。ロシアは外交的努力による解決が不可能と判断し、軍事行動を起こしました。このような一連は歴史的には常なることです。
徳川家康は、豊臣秀吉の外交に屈して、秀吉に従うことを誓いましたが、秀吉に対抗的意識を持ち続けた北条氏政、氏直の親子は、秀吉の軍事行動により、滅ぼされてしまいました。
兵法においても、外交努力で相手を従わせるのが最上であり、それができず、やむを得ないときに軍事行動を起こすことを考える。ただし、軍事行動を起こすこと自体は、下策である、と説いています。
(孫氏第3編「用兵の法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ」「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」)「上兵は謀を討つ、次は交を討つ、その次は兵を討つ、その下は城を攻める」)
イランとイスラエル・アメリカ
さて、イランとイスラエル・アメリカに目を転じてみましょう。イランは、そもそもペルシャ帝国の流れですから、誇り高い民族であるのは間違いありません。そのイランはことあるごとに「イスラエルに死を」「アメリカに死を」と叫んでいました。なぜそう叫ぶのか、という大元をたどれば、エルサレム問題にいきつきますので、この根本問題が解決されない限り、諍い(いさかい)は発生しつづけます。
どちらにしても、イスラエル、アメリカにとっては、自国に「死を与えよ」と叫ぶ国を軽く見るわけにはいきません。前述の、呉越、項羽、源頼朝、長州藩の故事が、「軽く見てはいけない」と諭しています。
そんな矢先に、イランは核兵器の開発を始めたのです。自国への侵略防止目的で核開発をしたのではなく、他国に死を与えるために核開発を始めたのです。看過できるはずがなく、当然、それをやめさせるための外交努力が始まります。
ただし、それらはあくまでイランが本当に核開発をしていれば、という前提があります。イランが本当に核爆弾を必要とするのならば、ロシアからもらえばいいだけです。また、北朝鮮が速やかに開発したように、イランでも速やかに開発できるはずです。そのような矛盾がありますので、本当に核兵器の開発をしているのかどうかは、一応、疑問に思えるという点を付記します。
何はともあれ、イランが核兵器の開発をしているということに対して、それをやめさせる外交努力もむなしく、解決できなかったと断定して、軍事行動になった、という経緯になっています。
日本のマスコミ、政治家は、ロシアの軍事行動に対しては「力による現状変更は許されない」と強い論調で非難していましたが、アメリカとイスラエルの軍事行動に対しては、口をつぐんでいます。このたったの一事からも、あらゆる情報発信は自己都合が第一であることを露呈していますので、情報を受け取る我々は、常に表裏、虚実、奥深い因果を見分ける眼力を養わなければいけません。
余談ですが、表裏、虚実、因果の見分けに関して未熟な子供たちに蔓延しているSNSは、やがては恐ろしい事態を引き起こす可能性を秘めていると私は見ています。それを規制する法律を作るのは、「今、ウクライナに攻め込め」「今、イランに攻め込む」に匹敵する勇気の決断が必要になります。サラリーマン育ちのような自民党の議員に、それを要求するのは無理というものでしょう。
歴史の教訓と今後の行方
ウクライナ、イランの戦争をめぐって、いろいろな歴史的事実が脳内をよぎります。
ウクライナに攻め込んで長時日が経過しているロシアを見ると、高句麗に攻め込んだ隋帝国を思い起こします。中国における魏晋南北朝の長い分裂時代を統一した強大な隋帝国は、創業の名君の元で強盛を誇りましたが、2代目煬帝がお隣の高句麗に数度にわたって攻め込んで、国民の負担を高め、民心の離反を招きました。大土木工事も民心の離反に関連しています。大国は、内部の人心の離反に弱いのでしょうか。隋はあっという間に滅びて、唐の国にとって代わりました。中国はもともと多民族国家です。それを統一し統合している内実には、想像を超える苦労があるはずです。国民負担の増大と民心の離反には弱いのかもしれません。習近平氏の苦労が思い浮かびますが、ロシアも同じです。ウクライナが頑強に抵抗し続ける限り、ロシア国内に何が起こるか分かったものではありません。
もともとのプーチン大統領の狙いは、「ウクライナを親ロシア国家に戻す」というだけのことでした。東部に軍を起こして戦端を開いたうえで、ベラルーシの方面から首都キーウに向かって大軍をすすめれば、キーウの内部で親ロシア派人民による体制転換の民衆運動が勃発し、セレンスキーを失脚させるだろうという目論見でした。その速戦即決の目論見が全く外れて、長期戦になっています。プーチン大統領はロシア国内の民心の動向に対して気が気でならない日々を送っていることでしょう。日露戦争の間に、レーニンらによる赤化が芽生えて、やがて体制転換につながり、帝政ロシアが滅んだことくらいは当然、プーチンの念頭にあります。
アメリカも、速戦即決の見込みでイランに攻め込んでいます。この原稿を執筆しているのは、令和8年3月31日ですが、イエメンのフーシ派までもが宣戦布告しており、アメリカの見込みちがいがあったのは間違いないのかもしれません。
ついつい、一向宗の本拠であった石山本願寺に攻め込んだ織田信長を思い起こします。速戦即決のつもりが、長期戦になってしまい、その間に、あちこちの一向宗が火の手をあげました。武装化した宗教勢力というのは手に負えないものです。あの時は信長の創業本拠の尾張の近くの長島でも一向一揆が勃発し、信長はそれに対して皆殺し作戦を展開しました。残虐なことに、一向宗徒である一揆衆の全員を焼き殺したと伝わっています。宗教勢力を相手にした場合、そうせざるを得ない何かがあったのでしょう。イスラエル、アメリカは、ハマス、ヒズボラ、フーシ派らに対して、どうするつもりでしょうか? 皆殺しを目論むのでしょうか? 歴史が再来しないことを祈るのみです。
信長は石山本願寺に対して、武装解除して立ち退いた後は咎めず、宗教の存続も認めています。信長の一向宗に対する姿勢は、武装化さえしなければ信教の自由を認める、というものだったのでしょう。それと同様で、イランに対して「核開発さえやめれば」という思いをアメリカは抱いています(ただの大義名分の可能性はあります)。ただし、根本問題はエルサレムですので、イスラエルは異なる思いであるのが事態を複雑にします。この点が、この地域の戦乱状態を長引いた場合の真因になることでしょう。
歴史的事実に目をやりますと、相手が頑強な抵抗心理を持ち、ロクな武器もないのに、身体一つで抵抗しようという軍団を相手にしたとき、そして、そこに攻め込んだら自国にもそれなりの損害が出るだろうと予測した時、何をしたでしょうか? 太平洋戦争で、日本の特攻隊を直視し恐怖を抱いた米軍は、上陸すると莫大な損害を被るかもしれないと予想しました。そのとき、アメリカは日本を相手に何を行ったかを思い起こせばいいです。原爆を投下したのです。
そのような歴史がイランで繰り返されないことも祈るのみです。ホルムズ海峡の各島に、戦術核兵器を投下することくらいはあり得るかもしれません。
和解の可能性と日本の立場
アメリカではイランでの軍事行動に対して民衆の反対運動の機運が盛り上がっているようです。アメリカが、ロシアや中国のように絶対君主制的な要素があるなら、民衆の怒りの矛先が君主の打倒に向かいます。しかし、民主制であるなら、選挙で選ばれた代表者を変えて、方針転換すればいいだけです。目的は、核開発の不可能化ですから、その目的は外形上はおそらく達成されており、大統領が変わって、新大統領が「前大統領のやりすぎの非」を認めて、イランと和解すればいいだけです。
「大げんかの結果、かえって仲良くなる」という歴史もあります。中国攻めの羽柴秀吉と毛利輝元との本能寺の変の前後もその一例ですし、なによりも、太平洋戦争前後の日本とアメリカがまさにその好例です。
アメリカの新大統領の下で、復興資金という名の賠償金を継続的にイランに支払い、イランを復興させる過程で親米化させ、エルサレム問題の解決にも合理的に取り組み、この地域の問題が解決され、平和が訪れる、という可能性も否定できません。そこへのキーは、ペルシャのような誇り高い民族に対して、その国を破壊した後に、アメリカが「やりすぎ」を謝罪できるかどうかの一手になります。ただし、これには、豊臣秀吉と大げんか後に、従属を誓って、その相手と仲良くなった徳川家康が、最後は、豊臣政権を滅ぼした、という「豊臣秀吉と徳川家康」「徳川幕府の成り立ち」の歴史的事実もあります。最後の勝利者だけが勝利者ですので、アメリカにとっては油断も隙もあったものではありません。
イランにとっては、ウクライナに攻め込んだプーチンとは異なり、アメリカの大統領が交代するまでの「期限が定まった戦い」になります(ウクライナも、プーチンの寿命が尽きるまで、という期間限定かもしれませんが)。イランは頑張りぬく強い意志、戦意を持ち続ければいいことになります。世界中をかき乱しながら戦意を維持することも可能なように思えます。もちろん、そうならないようにアメリカの現大統領は必死です。その結果が核兵器の利用になるかもしれず、どうなるかの先行きがまったく読めない世界情勢になっています。
そんな中での日本の立場、ふるまいは難しいものではありません。「うけ」を気にするアメリカの現大統領は世界からの孤立、国内での孤立を恐れ始めていますので、日本に対して、強硬な実質要求はできません(口先要求はあり得ます)。日本は、長年にわたって蓄積した富を利用して、原油、石油製品の確保に努めればいいだけです。期間限定になるのは間違いなく、富の差が国勢の差になって現れる日も近そうです。
