月刊メディカルサロン「診断」
医療社会には人事システム改革が必要である掲載日2026年5月23日
月刊メディカルサロン6月号
病院経営を左右する医局の影響力
済生会○○病院、○○共済病院、○○記念病院などの大病院があります。その大病院には、内科部長、外科部長、眼科部長、産婦人科部長など、各科の部長医師がいます。その医師は、どのような経歴と経緯で部長に就任したのでしょうか?
一般の企業では、「新人採用されて社内で経験と業績を積み上げ、地位を高めてやがて部長職に就く」、あるいは「社長が外からスカウトしてきて部長職に就かせる」というのが普通だと思います。しかし、医療社会は異なります。
大病院の誰か(たいていは院長か理事長)が、どこかの大学病院の医局長(たいていは教授)に、「医師を一人いただけませんか」とお願いに行きます。医局長は「今は出せない」と断ることもありますが、たいていは、医局に所属する医師の中から誰かを選んで送り込みます。大学病院の医局には、新卒時から医師として育ててきた医師がたくさん所属しており、その所属医師に対する人事権を医局長が握っているのです。
医局長が、ある病院に送り込んでいる医師を「別の医師に取り換える」とその病院に宣告することもあります。「送り込んでいる医師を全員引き上げる」と脅すこともあります。実際にその結果、廃院することになった病院もあります。ある大病院から医師がごっそりといなくなり廃院に至った場合、患者たちに非難されて大変な思いをするのは大病院の経営陣です。廃院されて職を失うのは、事務方の人員です。廃院による社会的な非難に対して医師側は「どこ吹く風」です。
「白い巨塔」と呼ばれる構造の正体
大学病院内の一つの科は、教授一人を頂点として、准教授1人、講師2〜4人、助教3〜10人、そして専攻医で成り立ち、その人員が一つの医局の中枢を成します。その人たちは、その大学病院から直接に給料をもらいます。それ以外に他院に送り込まれた医師が大勢おり、医局の所属員になります。
送り込まれている医師は、「自分は医局の命令によりここで仕事している。勝手に転職はできない。就業場所は、教授の意向に従う」と深く認識しています。つまり、医療社会においては、教授が強い人事権を掌握していて、その構造は「白い巨塔」と揶揄(?)されます。病院の経営陣は、「教授の意向に逆らえば、今の医師を引き上げられてしまう。次の医師を送り込んでくれなくなる」と、教授(医局長)を恐れてその鼻息をうかがわざるを得なくなります。
医局にも、強い医局と弱い医局があります。所属している医師が、自分の医局への強い所属意識を持っている医局は強い医局となります。強い医局になるためには、その医局自体が、医師を送り込む先に大病院の良いポストをたくさん持っていなければいけません。
医局が強くあるためには、医局員の一人一人が強い所属意識を持って教授の意向に従い、与えられたポストを死守していなければいけません。ポストを死守できる優秀な医師を育てるのも、医局の役割です。医局も強い医局であり続けるのは、容易ではありません。
医局支配と医師偏在のジレンマ
医局支配の人事構造の中で、医師の偏在化が進みました。地方に医師が不足し、大都会に集まり過ぎるという傾向です。日本の医療問題の一つに挙げられています。
人は都会へ流れます。医師も例外ではなく、都会で住居を構え働きたがります。都会の大病院で良いポストを得るためには、都会の大学病院の医局に所属しなければいけません。必然的に、都会の医局員は増えると思いきや、案外そうでもありません。医局員があふれて送り込み先のポストがない、というのは医局にとって困るのです。
都会の医局が医局員を地方の病院に送り込めばいいじゃないかと思われますが、そういうわけにはいきません。「あの医局に入局すると、地方病院に送り込まれるぞ」という噂が立てば、入局する医師が尻込みします。また、都心の大病院の部長級を務めている「できる医師」が出身地の地方病院で仕事したいと願っても、「君にはあの病院のあのポジションを守ってもらわなければ困る」という医局の意向のために、自分の意思で転職することができません。医師の偏在化は、そのような医療社会の実情の中で進行したのです。
医局がとことん強大になれば、全国をカバーできて医師偏在問題はなくなる、という説もあります。
しかし、働き方改革などを契機として、医師は「自由」を考えるようになりました。「自由」に目覚めつつある医師たちは、医局の思うままにはならなくなります。
医師も人間ですから、今の職場では言葉にできないストレス、不満を抱えていることも多いのです。人の欲にはきりがないですから、待遇面で不満を持っていない医師はまずいません。その職場に定着しているのは、その職場での人間関係に満足しているからです。人間関係が不調なのにその職場に残らなければいけないのは、大きなストレスです。医局の支配下とはいえ、自分の自由な意思で新天地を求めたいという思いは高まっています。
医師の人事システム
ところで、医師はどのような経緯で医局に入局するのでしょうか?
昔は、大学卒業と同時に入局でした。卒業と同時に内科研修を始めると、内科への仮入局となり、4年間の研修後に、内科の中の細分化された医局(第1内科、循環器内科など)への本格入局でした。
しかし、2004年からの新臨床研修制度で、その様相は変わりました。2年間の初期臨床研修医を終えたら、専門医を目指すための専攻医プログラムというのを選択します。それを提供しているのが本来の医局ということになり、その時点で医局への入局となります。ですが、ここでちょっとした多様化が始まりました。
かつては、「所属する」といえば「大学医局への所属」だったのですが、専攻医プログラムを提供できるのが、大学病院の医局だけではなく、大病院が一定の条件を満たせば専攻医プログラムを提供できることになったのです。つまり、かつては「医局への所属、そして大病院への出向」だったのが、専攻医プログラムを提供できる大病院への直接所属が誕生したのです。要するに、大病院は子飼いの医師を得たことになり、その医師を成長させてその大病院の重要ポストを与えるという可能性が芽生えたのです。
昔も、卒業後すぐに、あるいは研修を終えてすぐに大病院に就業する医師はいたのですが、大病院の研修体制が脆弱でしたので、そこから重要ポストを得る医師が生まれるという可能性はまずなかったのです。その背景には、重要ポストは医局に差し出しておかないと、次の医師を送ってもらえなくなるという不安も大きかったのです。
医局支配といわれた構造の裏側には、「医師の能力は医局にしか把握されていない」という現実がありました。外から見て、どの医師がどんな技能を持っているかが見えなかったのです。また、かつては医局に所属して博士号を取ることが医師の出世の道とされていたのです。その博士号を与えるのは、医局の教授です。だから、医師の配置に関して医局の独壇場になってしまった背景もあります。
しかし、専門医制度が実施され、さらに細分化されたサブスペシャリティが設けられるにいたって、医師の技能が「見える化」しました。「博士号より専門医」の観点も急速に進み、医療社会の医師の人事システムは激変していく可能性を秘め始めたのです。
看護師の人事システム
看護師は転職が多く、多くの病院は看護師人事に苦しんでいます。
新卒の看護師は、入院病棟のある大病院に就業します。そこで、2〜3年の病棟勤務によるトレーニングを経て、病棟、外来、手術室、集中治療室、検査室などの部署に配属されていきます。配属場所は、たいていは看護部門のトップ(看護部長、看護総長)が決めています。
新卒後の2年以内に、「メンタル不調」「向いていない」などの理由で脱落する人もいます。3年目以後の転職理由は、「夜勤、長時間労働の負担」「給与、待遇の不満」「他施設への関心」などがあるのですが、最大の問題は「人間関係の悪化」です。
転職先がたくさんあるので、人間関係の悪化を狙って人材紹介会社が暗躍します。看護師に対して、「そろそろ転職しませんか。支度金を準備しますよ」などの転職を煽るメールを盛んに送ります。ここ10年は、人材紹介会社による「転職の煽り」が増えています。就業先に困っている人を助けるのではなく、転職を煽っているのです。
一人の看護師がいれば、その看護師には人材紹介会社の担当者がくっついて、看護師の不満を聞き出して転職を煽り、次の就業先を紹介し紹介手数料を得る、という現象が恒常化しています。紹介手数料は年俸の30%ですから、一人の転職で100万円以上の手数料が支払われます。その負担のために病院経営は圧迫され、本来の職員への受益を削っても間に合わず、赤字化する病院が多発しています。
健康保険料を毎月支払っている国民は、公的資金である社会保険料がそんなところに流出しているなど、夢にも思っていません。
急設!「統合人事部」
さて、長年の伝統で形成された医療人事システムにより、諸問題が蓄積されました。その解決に向かう上での「本来あるべき理想の人事システムの姿」を語りましょう。
医師が自分の能力を適確に表現して医療社会にアピールでき、それに応じて病院がその医師を探し出してスカウトし、医師は医局の拘束なくそのスカウトに対応できる。それは理想形の一つです。
大病院で勤務する看護師に対しては、人間関係の悪化などを素早くとらえ、最適の配置ができるような人事専門の部署が必要で、その部署に人材の最適配置化のノウハウを集積させていかなければいけないのです。しかし、大病院内にはそのような部署は現状では存在せず、看護部長に一任されています。その結果が今の現実で、人材紹介会社の暗躍を招いています。
一方、看護部長が看護師の人事をつかさどる中で、早期退職が多発しました。看護師の院内配置に関しても、看護部長に任せるのではなく統合人事部が主導して、看護師一人一人の人間性、志向性、友人関係、対人能力を緻密に把握し、居心地、仕事心地のいい組み合わせを作らなければいけません。人材紹介会社につけ入る隙を与えず、人材紹介会社に流出していた資金を看護師の待遇改善に用いるのです。
医療機関は国民から集めた、いわば公的資金を原資にしているのですから、使い道に関しては最大の効率性を実現して、国民の負託に応えなければいけません。
それを実現するために、大病院の中に、医師、看護師の人事をも包含する「統合人事部」を設けるのです。
「大病院の事務系部門の中に、医師、看護師のスカウト、募集採用、能力判定、部署配置権限をも包含する統合人事部を完成させ、その統合人事部が医局を上回る権威を持つ」ことにならなければいけません。
医局には人事支配力の行使をあきらめてもらい、他院への人事に関与しない「純粋な研究と学習の集団」になってもらわなければいけません。
統合人事部内には、医師を募集するノウハウやスカウトするノウハウを醸成すると同時に、医師の育成源でもある医局(複数)と懇意の関係を築くのがよいです。
おわりに
大企業の人事部が部内に高度なノウハウを蓄えているのと同様に、大病院内に設置された統合人事部が、医師、看護師を得て管理するノウハウを獲得し、緻密な人事考課を行い、病院全体が最大効率性を発揮する組織にしなければいけないのです。少なくとも、人材紹介会社への人材紹介料の支払いを激減させ、また、患者へのアンケートで医師、看護師の好感度調査を実施できるようにならなければいけません。
となると、病院運営に最大の効率性を持ち込む努力をするのは、事務方の役割となります。事務方が主導権を発揮して、統合人事部を運営しなければいけないのです。
医師は医学を修得し、眼前の患者に最善の医療を提供することに全力を尽くすのです。
看護師は看護学を身につけ、医師の診療補助や目の前の患者への看護サービスに全力を尽くすのです。
それが医療社会の人事問題を解決する突破口であり、医師偏在問題を解決する入り口であり、人材紹介会社への資金流出を防ぐ手立てでもあるのです。
