月刊メディカルサロン「診断」
老夫婦月刊メディカルサロン1999年5月号
5~6年前のことです。私は休暇をカリフォルニア州のナッパバレーの近くで過ごしていました。そこでお世話になった老夫婦の家庭で、素晴らしい思い出を手に入れたのです。
老夫婦といっても年齢は二人とも70歳前後です。夫はぴんと伸びた背筋、スラリとしたスタイルでまだまだかくしゃくとしています。50年前にこの地に流れ着き、飛行機(セスナ?)の免許を取って、まじめに地道に働きつづけたそうです。妻は日本人でした。40~50年前に日本からダンサーとしてアメリカにやってきたそうです。夢を求めて一生懸命なときに、当時まだ20歳過ぎの今の夫と知り合いました。熱烈な恋に落ち、やがて家庭を設けるようになったのです。
「今夜はパーティを予定しています」夫婦は幸せそうに語ります。夕方、家族が続々とやってきました。
「私達のファミリーです」総勢20人ぐらいはいました。子供ができ、その子供達が結婚し、その新しい夫婦がまた子供を産んで…を繰り返して、一族=ファミリーができあがったのです。
ファミリーの一人ひとりを見つめる老夫婦の視線は、なんとも言えない微笑を含んでいます。夫婦の過去の苦労と今の幸せと…、ファミリーの健康とこれからの成長の願いと…それらがひとつになって優しく見つめるのです。たくさんいる孫達は、みな行儀よく振舞っています。
まったくの孤児の立場から夫婦二人協力して、40~50年がかりでこの素晴らしいファミリーを築いた喜びは言葉で言い尽くせるものではないでしょう。
パーティが終わって、私と老夫婦は三人きりになりました。奥さんが語りました。「夫は今でも愛している、可愛いよといって毎日声をかけてくれるんですよ」聞いている私は照れくさくなりました。でも、真正面から聞き入れられるぐらいには成長していました。
「夫は私を抱いて愛してくれるの。抱かれているときが一番幸せ。セックスは週に一回ぐらいはしているわ」聞いている私は耳を疑いました。愛し合うスタイルに年齢はない、ということをはじめて知りました。
「夫は最近、精力が衰えてきていることをとても気に病んでいるみたいなの。勃起力が低下しても愛し合っていることに変わりはないけど、でもちょっと寂しいわ」聞いている私は、自分が医師であることを思い出しました。「だからこのような話をしてくれていたんだ」
医学会の発表でロンドンに1週間ほど滞在したことがあります。毎日ハイドパークを散歩しました。80歳を超えるような老夫婦が腕を組んで歩いているシーンによく出会いました。しかも、そういう夫婦は男性はスーツをピシッと着こなし、女性はドレスを優雅に着こなしています。
ローマに3、4日間滞在したことがあります。ベネト通りのカフェ・ド・パリで、90歳ぐらいの老夫婦が大喧嘩をはじめました。イタリア語の口喧嘩の迫力はそれはそれはすさまじいものでした。でも、一通りの戦いが終わると、仲良く腕を組んで「愛してるわ」などと声をかけあいながらその場を去っていきました。
メディカルサロンの会員さんとシドニー湾を大型船でクルージングしたことがあります。少し離れたテーブルで、凄まじく、しわくちゃのおばあちゃんを囲んで15人ぐらいのパーティをやっていました。どうやら、おばあちゃんの誕生日を子供達、孫達で祝っているようです。そのおばあちゃんは紫のドレスに白髪をたなびかせていました。
メディカルサロンの会員さんと飲食の集いに出かけると、周囲の人をおだてるのが実に上手な人がたくさんいます。一般的に立派に社長業をこなしている人は、周囲の人達を楽しくさせるのも上手です。歯の浮くようなお世辞でも、すいすいと口にして多くの人を喜ばせています。
「よくそのようなことが照れくさくもなく言えますね」と話しかけると「いいんだよ。たったそれだけで、さっきの人は今日1日機嫌よく過ごせるんだから」といい返事をいただけます。
「きっと家でも奥さんと仲良くやっているんでしょうね」と訪ねると「あいつはダメだ。いつも俺に文句ばっかり言うから、かわいいよ、愛してるよなんて言って機嫌をとる気にはならない」と答えてくれました。
ラブラブ、イチャイチャとやっている今の若い世代の男女が、来るべき高齢社会を素敵な社会へと切り開いてくれることを私は期待しています。