月刊メディカルサロン「診断」
もっと役立つ医療づくり月刊メディカルサロン2001年12月号
炭疽菌対策から見る日本の医療現場は・・・
炭疽菌感染症がアメリカで猛威をふるっています。炭疽菌は普段は芽胞という小さな粒になって地中に存在していますが、いったん人体内に入ると悪性細菌として活動を起こします。肺に入り込んだときが重症で、24時間以内に死亡することがあります。
炭疽菌には抗生物質が有効です。特に「ニューキノロン系」と言われる一群の薬が有効で、感染直後に内服を開始すると、菌は活動を止められ消失していきます。ニューキノロン系に属する代表格が、「シプロキサン」「クラビッド」「タリビッド」といわれる薬です。
炭疽菌が肺に感染したときは、数時間後にはもうそれらの抗菌剤を飲み始めなければいけません。うかつに「風邪かな」と思って、1日ぐらい、余分に過ごしてしまうと、もう取り返しのつかない重症事態へと進展する可能性があります。
出張でアメリカに行こうとしている人が、事前にこの「シプロキサン」を入手しておきたいと思うのは、当然でしょう。シプロキサンを持って行きさえすれば、「あれっ、体調が‥‥」というときは、とりあえず内服を開始すれば、万が一、炭疽菌にやられていても、無事にすむことができるのです。
ところが日本の医療システムでは、近所の病院で事前に入手することができません。なぜでしょうか。
自由診療と保険診療の狭間
日本では国民は皆保険で医療システムを運営しています。保険医療制度は「病気にかかった人の治療」に利用するというのが大原則です。その大原則論は重要です。予防のための投薬を認めると、医療費の出費が際限なく増えることになってしまいます。だから、保険医療のシステムでは、病気にかかる前の予防的事前投薬はできないのです。
では、シプロキサンをもらうときだけ保険医療の枠組みを外して、自由診療にすればいいじゃないかという意見も出てきます。ところが、なかなかそういうわけにいきません。制度上は、自由診療と保険診療を併設してはいけない、という規則があるのです。医師に対して優位な立場を得ようとする厚生労働省の思惑も絡んでいます。とはいえ、大義名分としては、一つの決まりの中で、予算や徴収掛け金が定められている保険診療の運営ですから、やむを得ないのかもしれません。
もともと顧問医師スタイルで、自由診療を運営している私のメディカルサロンには、海外出張前にシプロキサンが欲しいという問い合わせがたくさんありました。当然、それに対処することができました。もちろん、「生兵法は怪我のもと」という戒めがありますので、ある意味では薬を事前に投与する不安もあります。しかし、薬の有意義性や使い方、副作用の問題をきっちりと学んでいただければ解決できる問題です。
最近では介護問題も重要視されているように、健康や医療に関することがらは、皆さんが一生にわたって関係する問題です。医療現場で提供できる医療内容をより身近に、より役立てられるように、旧来の障壁を取り外し、より多方面に向かって、より新しい仕組みづくりにチャレンジし、成し遂げるべきことを成し遂げ、本誌が届いているメディカルサロン会員の皆さんには、少しずつでも喜ばれる医療現場を提供していきたいと思っています。