月刊メディカルサロン「診断」
ヒルドイドでわかる健康保険制度の「ひずみ」掲載日2017年10月31日
月刊メディカルサロン12月号
化粧品より処方薬のワケ
「肌が乾燥する」という訴えがあります。その訴えに対して、多くの化粧品が販売されています。いわゆる保湿系化粧品です。
一方、「肌が乾燥する」に対して、それを治療する医薬品もあります。ヒルドイドクリームがその代表でしょうか。アトピー性皮膚炎などで乾燥した皮膚に対する保湿効果をもつ医薬品です。「病気の治療」と位置付けられますから、健康保険が適応されます。
ところで、「皮膚が乾燥する」という症状に対して、どこまでが病気であり、どこまでが病気とは言えない、と定められているのでしょうか?
保湿系化粧品は単価で1万円以上するものがたくさんあります。一方、ヒルドイドクリームを処方してもらっても、診察料や処方料、医薬品代を含めても数百円の負担にしかなりません。しかも、保湿効果の優劣で言えば、どんな保湿系化粧品よりも、ヒルドイドクリームの方が優れています。
高級化粧品の価格に比べて、ヒルドイドクリームそのものがなぜ極端に安いかというと、処方箋医薬品は、流通価格、広告宣伝費、商品デザイン費、その他のコストの大半を無視することができるからです。
医療費の無駄遣い
本人が「肌が乾燥して辛い」とアピールすれば、病気という扱いにしてくれて、健康保険でヒルドイドクリームを処方してもらえます。医師によっては、「そんなことを言っても、保険で出すことはできないよ」という人もいますが、その際に「昼間はそれほどでもないのですが、夜になると肌が乾燥して、それが辛くて、眠ることもできなくなる」と言われてしまえば、反論することができず、保険で処方してもえます。
つまり、患者側(購入者側?)の口先のテクニックが向上しているので、健康保険の医療サービス実施側は、対抗するのが難しいのです。
化粧品業界にとっては死活問題ですから、当然、反発します。反発の口調は、「皮膚には個人差があるから、一人ひとりに適したものを云々」や「医薬品は副作用の問題がある」というものですが、その論調には無理があり、虚しく響くだけです。いわゆる否定するためのセールストークの一種にしかなりません。
そんなわけで、病気ではないのにヒルドイドクリームを出しているケースの売上総額が年間90億円に達しているらしいです。
保険適応のグレーゾーン
「口先巧みにしゃべれば、健康保険適応にしてもらえる」というのを、「保険適応のグレーゾーン」とでも名付けますと、実際そのようなものは医療社会にあふれています。
青魚成分のEPA(エイコサペンタエン酸)を積極的に取れば、心筋梗塞や脳梗塞の予防になります。だから、EPAをサプリメントで摂取している人がたくさんいます。一方で、医薬品のEPA製剤もあります。閉塞性動脈硬化症などの病気で健康保険適応されるものです。サプリメントでEPAをとっていた人が、ある日突然、「健康保険でEPA製剤をもらえるようになりました」と話してくるケースが後を絶ちません。通院している病院の医者側と示し合わせて、当該病気であることにして保険でもらう算段をしたのです。
高額の脳ドックを受診する人がたくさんいます。しかし、「頭が痛い、と言えば、健康保険で、脳ドックの検査と同じ検査をしてくれるよ」と自慢げに語る人も多くいます。実際に、医師の立場では、患者が「朝、起きた時に頭痛がするのです。脈打つような感じもします。起床後しばらく、動いていると頭痛は軽くなってきます」という話をすれば、脳腫瘍が潜んでいる可能性があるということになり、見逃すと訴訟問題になりかねません。だから、一般の診察で異常は見られなくても、健康保険でMRI検査を行わざるをえません。
「更年期障害ですと言ってしまえば、プラセンタ注射は保険で打ってもらえるよ」と、公言してはばからない人もいます。さらに、上をいくのは、「プラセンタ注射は、もともと肝臓の薬だから、お酒の飲みすぎで肝臓が悪いということにしてもらえば、保険で打ってもらえるよ」という話です。実際にそのような人を私は多く見ました。本人の知恵というよりも、病院側が、「ああ。では、肝臓が悪いということにして、保険で打てるようにしてあげます」と言ったのでしょう。医師と患者の阿吽の呼吸というものがありそうです。
「ひずみ」について、あらためて問う
2年ほど前、私はこの会報誌に、次のような記事を掲載をしました。
長年の健康保険制度の運用で生じた制度疲労というか、ひずみというか、そういった「ひずみ部分」を列挙します。各列挙文章に対する解説はあえて記載しませんので、読者の皆さんで考えてみてください。
- 患者の手元に薬が余っていても、定時の処方が続いている。その結果、患者の家には飲み切れていない薬が大量に蓄積し、著しい医療費の無駄遣いになっている。
- 漫然と惰性的に投薬されているケースが多い。患者、医師、双方に薬を絞ろうという意識が乏しい。
- 末期医療サービスが過剰である。年金受給のためだけに『生かしておいてほしい』と要求する患者の家族もいる。医師側はそれを受け入れがちである。患者側、医師側の双方に末期医療改善の意識が乏しい。
- 生活保護法適応者などの自己負担がない患者への医療サービスがかえって過剰になっている。ミニマム医療サービスの設定がない。検討しようともしない。
- 健康教育で解決するべき予防医学分野に対して、健康保険が適応されて、患者が薬漬けになる傾向がある。
- 医師の説明を患者やその家族が理解するのが難しい。理解できていないのに、「すべてお任せします」と言ってしまう。
- 健康保険の過剰な利用を医師側、患者側の双方ともが推進しがちである。
私は、自己の生涯テーマの一つとして、「医療構造改革の実現」を訴えていますが、それが、このグレーゾーン問題に対する解決策です。
「健康保険を実施する医療機関、健康保険を実施しない医療機関を峻別して、国家は両者を公平に育成していく。そして、健康保険を実施する医療機関に対して、政府は強力な支配力、指導力を発揮する。その前段階として、予防医療分野や末期医療分野、研究分野は健康保険から切り離さなければいけない」
というものです。