月刊メディカルサロン「診断」
「食べること」と「ダイエット」「体重管理」の価値観の変遷(後編)掲載日2022年5月30日
月刊メディカルサロン6月号
痩せるには食べる量を減らすしかない
痩せるためには食べる量を減らすしかない。それを思い込ませるために食欲抑制剤マジンドールを短期間使用してもらって実際に痩せてもらい、その体験を今後の体重管理に活かしてもらう。
そのための診療はどうあるべきか。
その研究を続けていた平成5~6年の頃、巷ではインドエステが大流行していました。これは、局所の脂肪に対してあるマッサージ的な技術を施し、脂肪を移動させ、ダイエットを成功させるというものでした。
「マッサージ的な施術で痩せる」というのが流行するのですから、「痩せるためには食べる量を減らさなければいけない」という常識が、世に知られていなかったことがわかります。「どうしたら痩せられるの?」に対する答えが、「〇〇を食べたら痩せる」「このマッサージ的施術を行えば痩せる」「耳つぼに針を刺せば痩せる」など、正答でない答えが横行していたのです。
「痩せる」「細くなる」「くびれる」「永遠の美体型を手に入れる」などと謳い、インドエステを標榜するエステ店は多くの顧客を集めていました。当時のエステは、初回来店時に「お試し」で施術を行い、その後に秘密部屋に案内してカウンセリングを行って、前売りチケット50~100万円分をまとめて販売するものでした。もちろん、提携ローンをセットにしています。
このインドエステに通う顧客に不満が発生したのが、平成7年です。一時的なウエスとサイズダウンなどはできるのですが、すぐに元に戻ってしまいます。根本的に体重は減りません。誇大な宣伝に乗せられて過剰な期待を持ち、多額のローンを組んだ顧客が不満をぶつけだしたのです。
新しい価値の創生
「施術だけでは痩せない。なんとかしなければ」とエステのオーナーや店員は悩みました。しかし、「食べる量を減らさなければならない」へと思いは至りませんでした。
そのような時に、私の処女作『 一億人の新健康管理バイブル』(講談社)が世に出たのです。この書物には、「ダイエットのためには食べる量を減らすしかない」旨が書かれています。そして、それに関して雑誌社からのいくつかの取材もあり、少し周知されたのです。
痩せない不満顧客を大勢抱えるエステへの朗報となり、悩みの解決点が私のクリニックとの提携という形で現れました。つまり、「食欲抑制剤で食べる量を減らしてもらう。すると体重が減る。その減る最中に、マッサージ施術を施して狙った局所を痩せさせる」というものでした。
この路線で、当時、エステサロン120店舗との提携がなされました。その提携においては、従業員に体重管理に関する教育を行い、試験に合格した者に「メディカルダイエットカウンセラー」の称号を与え、その称号を持つ者の紹介顧客を診察し、短期間のマジンドール投与を行って、「とにかく体重を落とす」の部分を私が受け持つという形式をとりました。若い女性が紹介されてくるのかなど思っていると、意外なことにほとんどが中年女性でした。ダイエットを求めて費用をかけようとする層が、若い世代ではないことを再確認したものです。
その時の経験で私は思いました。「健康や美をテーマとして、顧客と長時間接するお店のオーナーや店員に健康に関する教育を施せば、社会に一つの価値が生まれる」という思いでした。
この思いが、後に平成16年頃の「健康管理指導士」の認定講座、それ以後のSD事業(別の機会に解説します)へと繋がりました。
健康ブームのウラ側
プライベートドクターシステムの運営を行って、健康管理の学問化を進める一方で、メディカルダイエットカウンセラーが紹介してくる中年女性を中心にダイエット指導を行っていたのが、平成8、9年でした。
その莫大な数のダイエット指導を通じて、マジンドール投与によるダイエット効果の増大手法や副作用の軽減手法をさらに研究し、それがクロムサプリメント、桑茶、β-グルカンなどの健康食品の開発にも繋がり、やがて「マジンドールダイエット」という一つのダイエット指導の診療体型を完成させました。
「体重を減らすには食べる量を減らさなければいけない」は、私の周辺では当たり前になってきたのですが、世間ではまだ常識になっていませんでした。当時、視聴率を高め始めた健康番組が、相変わらず「健康のためには、三食しっかり食べなければいけません。ダイエットのためには、〇〇を食べなさい」という内容を放映しており、民衆の圧倒的大多数は、その影響を受けていたのです。
平成9年頃から、世間は健康ブームで沸き返っていました。「健康をすり減らしてでも仕事する、社会で戦い抜く」という高度経済成長や平成バブル時代を超えて、「社会資本は充実した。それを楽しむには健康でなければ話にならない」という時代になったのです。
大人が3人集まると健康の話題となり、お茶の間ではテレビをつけたら健康番組となり、「〇〇が健康にいい」という番組が放映されると、その日あるいは翌日のスーパーマーケットからその商品が瞬時にして売り切れになる、という時代を迎えていました。
私に東京新聞の健康コラムの連載執筆やテレビ出演の依頼が来たのは、その頃です。そして、テレビ出演の打ち合わせで、その業界の暗黙の常識と暗黙の掟を知りました。テレビでは、「食べる量を減らしなさい」という話をしてはいけなかったのです。食品会社がスポンサーになるケースが多いので、食品の消費量が減るような話はタブーなのです。
「そういうことだったのか」と初めて理解できました。人々は、テレビ番組を通じて情報を入手しています(当時インターネットはまだ普及していません)。テレビ番組は、スポンサーのおかげで成り立っています。だから、スポンサーの機嫌を損ねる話はできません。「食べる量を減らしなさい」と語れば、食品会社の機嫌を損ねるに決まっています。だから、テレビでは、「あれを食べたら痩せる。これを食べたら痩せる」という話になり、「ダイエットのためには、食べる量を減らすしかありません」という話はできないのです。そんな単純なことになぜ気付かなかったのだろう、と苦笑したものです。
「尿酸値を下げるためには、ビールをやめなさい」
「コレステロールを下げるには、乳製品をやめなさい」
の2つは医療現場では食事指導の常識ですが、決してテレビ放映でそのアドバイスや指導がなされることはありませんでした。なぜ放映されないかというと、ビール会社や乳製品会社はテレビ局の巨大なスポンサーだから当たり前だったのです。
出演の打ち合わせを通じて、テレビ番組にはすべてスポンサーの思惑と利害が絡んでいることが、私の目の前で実証されていきました。健康管理に関して、あらゆるテレビ番組からの情報は何かの事情で操作されていたのです。それどころか、乳製品会社が栄養士の各団体のスポンサーになっていることも知りました。これは、診療現場における管理栄養士の栄養指導や食事指導上の大問題です。
「試しに朝食を抜いてごらんなさい」
私は、健康管理の学問化を目指しています。それは、世のため人のためになると思っているからです。だから、その学問はやがては日本中に普及させたい。しかし、テレビはあてにならない。私は深い失望を感じたことを覚えています。
テレビ出演の中で、スポンサーに反抗するような子供じみた叫びをあげることもできず、茶番的な思いながらも出演を続けました。当時私は、芸能事務所の浅井企画の所属ともなっており、そちらの迷惑になることも懸念したのです。
「こんなことだから、体重管理の重要性は広まっても、実際のダイエットが成し遂げられないで国民の健康は害されていくのだ」という思いは、日に日に募っていきました。
そんな矢先にある事件(?)が起こったのです。
ある生放送に出演している時でした。ダイエットの話に及んだ時に司会者が、「三食しっかり食べるのですよ。お相撲さんを見てごらんなさい。二食にしてあんなに太っているでしょ」と話しました。その時、私は何気なく言い返してしまったのです。私の心の奥底で、不満のマグマが渦巻いていたのかもしれません。
「痩せるためには、しっかり食べてはダメですよ。食べる量を減らさなきゃ。お相撲さんが二食で太るのは、大量に食べているからです。試しに朝食を抜いてごらんなさい。てきめんに体重は落ちていきますよ」
司会者がさっと青ざめたのに気付いて、私も我に返りました。
「しまった。余計なことを言ってしまった」
司会者は話を茶化し、コマーシャルへと急ぎました。そのコマーシャルの間、アシスタントが司会者のところに届いたファックスを持ってきて、ひそひそ話をしました。司会者は、露骨に不機嫌な顔色に変化しました。「食品会社からクレームでも来たのかな」と思いましたが、実はクレームのファックスを届けてきたのは、どこかの農協支部だったのです。
「そうか。農協だったのか」
私は、腹の奥底から微かな笑い、心地よい笑いが込み上げてきました。食品会社はある意味で大人ですから、そのようなテレビ番組の一節に瞬時に反応したりはしませんでした。農協だったのです。食品の消費量を減らすような話をテレビ番組でしないかどうかをチェックする部隊が農協の中に存在し、それが瞬間的に反応して、クレームを出す威圧的存在になり、テレビ番組の構成や内容に影響していたのです。妙に悟った気分になりました。ちなみに、その日以来、テレビ局からの出演依頼はぷっつりとなくなりました。
60万部突破のセラー誕生!
その生放送のために、以後は健康管理をテレビで話す機会がなくなったのですが、「試しに朝食を抜いてごらんなさい。あっという間に痩せますよ」の話をした翌日、三笠書房の編集長が突然訪ねてきました。三笠書房というのは、「知的生きかた文庫」の出版社です。
「朝食を抜いたら痩せる」ということを本にしてほしい、という依頼でした。「そんなシンプルで当たり前でちっぽけな話、本にして売れるのだろうか。いや、一冊の本にするほどの中身があるのだろうか」というのが私の第一印象でした。しかし、私はその依頼を考えているうちに、「なるほど。食べる量を減らせば痩せるという重要な健康管理学を、朝食を抜くという話をシンボル的に扱えば、全国民に理解させやすい」と確信をもつようになりました。そのような思いに行き着き、執筆することになりました。書き下ろしといって私はどんどん話していき、それを文章に落としていく担当者がいるという形式で、この書籍は完成しました。タイトル名が会議で話し合われ、『お医者さんが考えた朝だけダイエット』になりました。
この書籍は、初版2万5千部が瞬く間に完売して、毎回1~2万部の増刷を繰り返し、ついには32刷りに至りました。以後は雑誌上の取材も相次ぎ、それらをこなすうちに、全国民に「痩せるためには食べる量を減らさなければいけない」という常識が定着したのです。「〇〇を食べれば痩せる」というテレビ番組もほぼ消滅しました。人々の価値観を変えることができたことに、私は満足したものです。
と同時に、人々と面する小さな世界の中で健康管理学上の大切なエッセンス部分を丁寧に育て上げ、ワンチャンスをとらえて、それを一気に普及させるということに関して、私は貴重なノウハウを得た気分になりました。
そのノウハウを得て、私の生涯テーマに「 全国民の健康、人体、医療に関する知識の向上」という大それたテーマを追加し、標榜するようになったのです。